もんてねぐろのおもいで

クロアチアからはバスで国境を越え、モンテネグロに移動した。クロアチア最終日が予報に反して快晴であり、かなり期待してモンテネグロに向かったのだが、今回の夏休みは甘くなかった。ドブロブニクでバスに乗車したあたりから雲行きが怪しくなり、国境地帯に着いた頃には小雨になっていた。

前日に通過したクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境は検問所が1か所に集約されており、かつ往復ツアー客しかいなかったせいか、車両から降りずに通過できた。一方でクロアチアとモンテネグロの国境は両国の検問所が離れており、しかも路線バスだったせいか、2回ともバスから降りてパスポート審査を受ける必要があった。さらにモンテネグロ側の検問所の設備があまり良くなく、雨を避けるスペースが少ない。 週末だったせいか、国境通過に合計1時間半以上かかり、かつ濡れてしまった。

それは暗い嵐の夜だった。東欧チックな重い雰囲気が漂うバスに、延々と揺られて過ごす。窓の外は漆黒のコトル湾であり、徐々に暗い気持ちになっていった。北海道の雪道では中島みゆきを聴いていたが、モンテネグロの夜道には鬼束ちひろが似合った。

結局、バスは1時間ほど遅れてモンテネグロのコトルに到着した。今回の旅では旧市街にある民泊を利用した。これがパリなら無理矢理にでもアパルトマンと呼ぶような建物だが、モンテネグロだと裏路地にある古い家である。更に暗い気持ちになって食事に出かけた。

翌朝、起きると妙に暗い。路地に面した民家なので、基本的にはガラス窓に付いている木戸を閉めているらしい。窓を開けてみると、やはり小雨が降っていた。この日は日曜だったので午前中の教会見学はできないだろうと予想し、木戸を閉めて、遅くまで二度寝していた。

午後になって外へ出ると、街は大混雑していた。雨は止んでいたが、曇天である。まずは教会見学すべく街へ出た。

僕と神様の関わりは極めて乏しく、北海道の神様とか、SLの神様が関の山である。八百万の神々というよりも、都合の良さそうな神様という程度でしかない。それでも旅行先では宗教施設は多く訪れている。

コトル訪問が夏休み旅行の主目的だったが、前回、この街で正教会に魅せられたのだ。この街に聖ルカ教会という、モンテネグロ正教会の古くて小さな聖堂がある。同じ正教会でも、隣にある聖ニコライ教会の方が大きくて豪勢なのだが、僕は質素な聖堂に見入ってしまった。この数年後にブルガリアで正教会の修道院を訪問するきっかけになったのだから、かなりのインパクトだったのだろう。

コトル旧市街は路地の入り組んだ小さい街で、地図を見るよりも、ぶらぶら歩いている方が分かりやすい。人の流れに従って歩いているうちに、街の地理を思い出すことが出来た。しかし日中は人が多く、商店を冷やかすくらいが関の山だった。

午後も遅い時間になって人が減ってから、本格的に教会の見学を開始した。どこの教会でも隅の方に座って眺めていると、時折、観光客のいない静寂が訪れた。じっくり5か所くらい教会を訪問することができた。最後に聖ニコライ教会の日曜夕礼拝の時間と重なり、これまた片隅に立って見学していた。

翌日が実質的な夏休み最終日だったのだが、やっと晴れた。コトル城壁の外に山があり、そこから旧市街を見下ろすことが出来る。今回の旅では天気を信じられなかったので、早朝に出発することにした。途中のビュースポットまで登ったところ、まだ街が山陰になっていた。ベンチに座って時間をつぶし、4組くらい観光客の記念撮影に協力したところで、ついに旧市街に光が当たった。コトルの旧市街自体はドブロブニクより小さいが、峻険な山に囲まれていて、壮大な景色を眺めることができた。

最終的に山頂まで登ったところ、iPhoneによると80階くらいの登坂量らしい。帰りも同じ道を下るのだが、むしろ足や膝への負担は下りの方が多いように感じた。

宿に戻った時には昼過ぎだった。近くに流行っているピザ屋があり、スライス数枚とビールを買って昼食代わりにした。さすがに疲労困憊で、そのままウトウト昼寝。

夕方、最後に街を散歩しようと思って出かけたが、先程の登山が効いたのか、膝が痛い。歩くのが億劫になり、港のベンチに座って、夕暮れのコトルを眺めていた。周囲に広がる山々、そこからの澄んだ水が静かな水面のコトル湾に注ぐ、なんとも印象的な街である。来た時には漆黒だったコトル湾が、いまは青い水を湛えている。

ドブロブニクからの日帰りツアーなど、一般的には数時間の滞在しかしないような街だが、丸2日を費やし、じっくり楽しむことが出来た。

今年の夏休みは、爽やかで眩しい太陽があるアドリア海を楽しめるだろうと思っていた。結局、度々の悪天候と予期せぬ出来事に見舞われ、今年の夏休みは決して楽なものではなかった。それでも、ドブロブニクとコトルの両方で2日間晴れた。これで満足し、終わり良ければ全て良しと結論づけるべきだろう。

旅に出なければ、このように前向きな結論に達することはないのだが。

ぼすにあ・へるつぇごびなのおもいで

クロアチアに到着した直後、ドブロブニク旧市街の城壁でゲリラ豪雨に遭遇し、同日午後の数時間だけで2回も入場料を払った。しかし初日の悲劇は合計11,000円を超える入場料だけではなかった。

ピークの8月を外したものの、ドブロブニクは混雑しており、レストランの予約が取りにくかった。週末の夜は予約が困難だったので、平日だった到着当日にミシュラン掲載の高級レストランを予約していた。今回の旅行で最もオシャレかつ高価なレストランで優雅に食事を楽しんでいると、WhatsAppに連絡が入った。

土壇場で他の客のキャンセルが発生したため、翌日のボスニア・ヘルツェゴヴィナへの日帰りツアー催行を取り止めるとのことである。それも既に21時過ぎの話だった。

前回の訪問時、ドブロブニクから日帰りツアーで訪れたボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスクが印象的だったので、新たに入手した広角レンズを持って再訪するのを楽しみにしていたのだ。行きたかったモスクは2か所あり、1か所は有名観光地であるモスタルなので一般バスでも行ける可能性があるが、もう1か所は想像もつかない場所にあった。

そもそも城壁の入場料を2回も払った時点で暗い気持ちになっていたが、この話を聞いて更に暗い気持ちになった。こういう時に限ってテスティングメニューとワインのペアリングをオーダーしており、食事自体が慌ただしい。食事中に色々と説明されるが、気もそぞろである。食事をしながら一般バスを探してみたが、どうにも見付からない。ここまで来てボスニア・ヘルツェゴヴィナ訪問を諦めるのも忍びない。クロアチアとボスニア・ヘルツェゴヴィナの国境は目の前にあるのだ。

最後の最後にダメ元でツアーを探したところ、21時半でも翌日の予約を入れられるサイトが見付かった。半信半疑で予約を完了させたところ、すぐにWhatsAppで連絡が来た。なんと強制キャンセルされたのと同じツアー会社である。なんなんだ。

こちらのツアーは、キャンセルになったツアーと内容は大して変わらないが、メジュゴリエというキリスト教の巡礼地の代わりに、滝を見に行くらしい。行程的にモスタルの滞在時間が短くなるようだが、やむを得ないだろう。

ツアーは早朝6時半に集合だった。どうやら観光客には滝の方が巡礼地より人気があるらしく、こちらのバスは満席に近い。クロアチアを出国して、最初はクラヴィカ滝に行った。あまり期待していなかったのだが、なかなか壮観である。昨日から引き続いて天気が悪いが、これがプラスに作用したのか、遊泳者はいないのは幸いだった。遊泳区域を区切るためにブイが設置されており、写真に写りこんでしまうが、これはAdobe LightroomのAIに消してもらえばいいだろう。

1時間ほど滝で費やして、ポチテリという村へ向かった。ここのモスクが素晴らしく、再訪したかったのだ。

前日のキャンセル騒動も含めてイマイチなツアー会社で、わずか20分の滞在にも関わらず、ちょうど昼の礼拝時間直前に着いてしまったらしい。モスクを見学する際は礼拝者と同じ視線で見たいので、可能であればカーペットに座って礼拝堂内を眺めるようにしている。早々にモスクに着いて撮影を終えて座っていたら、イマームが礼拝を始めてしまった。別に出ていくように促されるでもなく、隅の方にしばらく座らせてもらっていた。胡座で座っていた老人が僕をニコニコ見ていたり、子供が歩き回っていたりと、なかなか緩いというか、世俗的で面白い。

そして最後がモスタルである。こういうツアーにありがちだが、半強制的にレストランへ連れて行かれた。あまり期待していなかったのだが、地元の伝統的な料理を頼んだところ、トマトのリゾットのようで美味しかった。一緒に頼んだ牛肉スープも黄金色で美味しい。昨夜のオシャレなレストランからすると10分の1くらいの値段だが、気分が良いせいもあるのか、こちらの方が倍くらい美味しい。

早々に食事を済ませ、この街の古いモスクへ行った。前回も礼拝堂内で座っていたのだが、たまたま居合わせたイマームに言葉をかけられた思い出がある。たしかに観光客が大声で話している中で、黙って座っている非イスラム教徒は気になったのかもしれない。

ちょうど今回は驟雨のタイミングにあたり、この国の観光名所の一つにも関わらず、まったく無人だった。撮影時間も含めて30分ほど、静かに見学することができた。しかもモスクに付随している尖塔である、ミナレットにも追加料金で登ることができた。ここまで見せてくれるモスクも珍しいのではないだろうか。

前夜にツアーのキャンセルを聞いたときは極めて沈んだ気持ちになった。結果的にはリカバーでき、短時間ながらもボスニア・ヘルツェゴヴィナ訪問を楽しむことができた。

何事も諦めないことが肝心である。普段、そんな結論には達しないが、僕は少なくとも旅行中だけは前向きになれるようである。

くろあちあのおもいで

昨年、久々にヨーロッパへ行ったが、かなり楽しめた。COVID-19の影響もあって、過去数年は短期旅行を繰り返さざるを得なかったが、昨年は比較的長期の旅行で、直行便の利用が難しい都市を組み合わせたので、移動手配に工夫を要した。旅行計画の作成が好きなので、これ自体を楽しめた。

本質的には真逆な性質なのかもしれないが、旅行中に楽しめたのは宗教施設と酒文化だった。ブルガリアでは正教会の修道院に宿泊したし、ギリシャの正教会はブルガリアとは異なる建築様式で見応えがあった。どちらの国も蒸留酒の文化があり、地元の酒を楽しめた。そして最後に訪問したドイツでは、1日に満たない滞在だったが、昔ながらのビアホールに行けた。

ウィスキー好きとしては、ヨーロッパの酒造文化と言えばスコットランドが思い付くが、前回の訪問から既に15年くらい経っている。僕がハマった頃のウィスキー業界は不況だったが、近年は人気が高く、価格が暴騰している。しかもスコッチ有名生産地のアイラ島は最果てと言っていい離島だったが、今や有名観光地となっているそうで、なんとも食指が動かない。

スコットランドの隣にはアイルランドがあり、こちらもスコットランドと並ぶウィスキー生産地だ。やや地味なせいか忘れがちになるが、アイリッシュ・ウィスキーはスコッチほど高騰していない。改めてアイルランドの地図を見ると、風光明媚な海岸線とケルトの古い教会跡が残っているらしい。しかも愛読している小説の影響で、混沌とした時代のイメージが強すぎるのだろうが、シニカルで暗いアル中気味のオッサンが多そうな国である。

シニカルで暗くてアル中気味。

僕にとっては最適な場所ではないだろうか。航空券を調べると、JALの深夜便でヒースロー乗り継ぎすると、翌朝のうちにダブリンへ着ける。帰りは飛行機かフェリーでロンドンへ移動して1泊、午前にヒースローを出発するフライトに乗れば、翌日早朝に羽田へ戻れる。

かなりスケジュールも良さそうで、早々に航空券の予約を入れた。

普段なら諸々の手配を一気に済ませてしまうが、今回は様子が違った。今年前半は不眠が悪化する一方だったので、深夜に時間を持て余していたのだが、実は航空券を取って以来、数か月ほど何もしなかったのである。たしかに蒸留所の見学ツアーの時間を調べたり、旅程最後のアイルランドからロンドン間の移動方法を比較したりと、数件の細かい調べ物はしておたのだが、各種予約はおろか、予定作成すら一切しないまま時間を浪費していた。アイルランド島内はレンタカーで移動しようとしていたので、運転が嫌いな僕としては気が乗らなかったせいもあるが、そもそも計画作成が好きなのに、ここまで何もしないのは前代未聞である。

その頃、たまたま会社で受講させられた研修によると、不眠はメンタルに良くないらしい。会社で無気力なのは以前からだが、旅行まで無気力なのは良くないサインと捉えるべきだろう。悪化してしまった不眠に対して、何らかの対策が必要かもしれない。不眠対策の新たなアプローチとして、夏休みの旅行先を変更する事にした。

ちょっとでも前向きになれる場所へ行く必要がある。シニカルで暗くてアル中気味なのとは対極の、爽やかで眩しい太陽がある場所へ行こう。

ヨーロッパで眩しい太陽を求めるのであれば、やはり大陸の南側で探すべきだ。去年はエーゲ海を見たので、残るは地中海かアドリア海だろうか。数年前、クロアチアのドブロブニクに行ったが、日帰りツアーで訪問したモンテネグロのコトルという街が気に入ったのを思い出した。アドリア海の眩しい太陽が期待できそうである。

航空券を調べなおしたところ、ANAであれば往復とも深夜便利用が可能な模様。効率的な回り方としては、クロアチアのドブロブニクに行き、そこからバスでモンテネグロのコトルに行くことにした。最後日はモンテネグロ首都のポドゴリツァ空港からウィーン経由で早朝の羽田に帰国。

夏休み初日、フランクフルト経由でドブロブニクに到着した。アドリア海の抜けるような晴天が僕を待っている筈が、なぜか雲が多い空模様である。ここまで来て初めて真面目に天気予報を見たが、滞在期間中、ずっと曇りか雨の予報だった。

多少なりとも青空が残っているうちにと思って、宿に荷物を置いて、休憩もせずにドブロブニク旧市街の城壁へ登ることにした。クロアチアで最も有名な観光地の、最も有名な観光名所である。入場料が異様に高くて35ユーロもするが、さらに円安なので日本円換算だと5500円以上になる。

入場料を払ったところで、どこかから雷鳴が聞こえた。陸側を見ると青空が残っているのだが、城壁の上から海上を眺めると曇天であり、しかも遠くには雨柱のようなものが見える。

しばらくすると雷雨がやってきた。ゲリラ豪雨かつ強風である。城壁には避ける場所などない。スーツケースを置いただけで宿から出てきたので、幸いにもリュックには折り畳み傘が残ったままだった。わずかに風を避けられる場所を見付け、退避することにした。結局、1時間ほど豪雨の下で立っていたのだが、到着初日に傘が壊れ、ずぶ濡れになった。

ようやく雨が上がり、城壁観光を再開した。1周目は撮影どころではなかったので、そのまま2周しようと思ったが、1回の入場料では1周しかできないらしい。数日先までパッとしない天気予報を考えると、この日のうちに2週して撮影しておくべきだろう。どう考えても初回の5500円を無駄にしたとしか思えない。

選択肢としては、シニカルで暗くてアル中気味なアイルランドか、爽やかで眩しい太陽があるアドリア海だった。心機一転を考えると悩むまでもない選択肢に思われたが、これならアイルランドに行ったのと大差なかった。むしろ高額な入場料が無駄になっただけ、アイルランドより悪かった可能性すらある。

ゆびそのおもいで

8月中旬の夕方、ドクターしんコロから連絡が来た。月末に帰国するので、日曜日に会わないかとのことだった。わずか10日くらい先の週末に暇を持て余しているのは、僕本人に聞かなくても知っていたらしい。さすが長い付き合いである。

それなら夕方に寿司屋の予約を入れれば良いと安直に思ったのだが、どうやら宗旨替えしたらしく、箱根あたりに日帰りでトレッキングか温泉に行かないかとのこと。暇を持て余している僕としては拒否する正当な理由が見当たらないが、箱根だけは全力で阻止した。

たまたま谷川岳に関する本を読んでいたせいもあり、谷川岳ロープウェイに乗って天神峠でトレッキング、さらに電動バイクを借りて一ノ倉沢を見に行く意欲的なスケジュールを考案した。結果、日帰りでは時間的にハードとなり、水上あたりで一泊することになった。

埼玉県の秩父は荒川の上流域なので食わず嫌いだったが、同じ関東でも、谷川岳は群馬県かつ利根川である。利根川源流まで行けば旅に出たと思える非日常感だが、問題は水上だろう。僕の中では鬼怒川と同列の、食わず嫌いの温泉地である。いわゆる大箱の温泉宿が苦手で、バブル期の遺物を見に行く趣味もない。

ちょっと調べてみたところ、水上の奥に湯檜曽という温泉があり、全盛期でも鄙びた温泉街だったとのこと。ちょうど上越新幹線の上毛高原駅から谷川岳ロープウェイに向かうバス路線上にあり、悪くない選択肢と思われた。

その夜、湯檜曽の温泉宿を探し、翌朝には予約を完了していた。一晩で作ったプランにしては、我ながら良く出来ていると思ったのだが、そこからが難関だった。

例によって例のごとく、問題は天気である。たしかに山の天気は変わりやすいし、夏の北関東は雷雨が多いが、今年は特にひどかったらしい。予約を入れた頃までは夏の盛りで、悪いなりにも安定していたが、出発日が近付くにつれて、季節が秋に変わりつつあるせいか、予報が定まらない。しかも太平洋上に大型台風が発生して湿った空気を生んでおり、さらに不安定な気象状態だそうである。

わざわざトレッキングシューズを持って日本へ帰国しているのに、雨では申し訳ない。キャンセル料を払ってでも、どこか晴天の場所を探そうと思い、かなり必死で天気予報を眺め続けていた。関東以外も探してみたが、前々日時点の日本全国予報でも、確実に晴れそうなのは東京都と神奈川県だけだった。こうなると「箱根」の二文字が頭をよぎるが、あえて火中の栗は拾わないことにした。

とりあえず初日の予定をカットして往路の新幹線指定券だけ変更し、太陽光が降り注ぐ猛暑の東京駅で集合、谷川岳へと旅立った。途中の大宮では既に曇天、熊谷あたりで雷雨になった。

こうなると悪い予感しかない。案の定と言うべきか、高崎を過ぎたトンネル内で車内照明が消え、新幹線が緊急停止してしまった。後続の列車が停電したとのことで、簡易的な車両検査をしてから運転再開。

結局、5分ほど遅れて上毛高原駅に到着した。ここから湯檜曽温泉までの路線バスが、定刻で7分接続である。たまたま階段前の車両に乗っていたので、なんとか出発20秒前にバスへ駆け込めた。

この頃から良い予感が芽生え始めた。さすが「コップに水が半分もある」と思えるドクターしんコロの潜在力なのだろう。

それでもバス乗車中は凄まじいゲリラ豪雨だったのだが、宿に着いてしばらくすると小雨になった。頃合いを見計らって、散歩すべく外へ出かけた。たしかに昔は鄙びた温泉街だったのだろうが、今や温泉宿が数軒ある寂れた山奥の集落である。

この小さな集落が雨に濡れ、極めて趣のある情景となっていた。しばらく歩くと有名アニメ作品に出てきそうなバス停があり、同じ制作会社の作品に出てきそうな鬱蒼とした森の中には神社もあった。あとは清流の音が響くだけである。

この日は「なかや」という宿に泊まったのだが、露天風呂は40分間の貸し切り制になっていた。オッサン2人で貸し切り風呂もどうかと思ったが、それはさておき入浴直前には雨も上がり、しばらくすると夕焼けが始まった。

僕には夕食開始時間の直前に撮影へ行く悪癖があり、5分で戻ると言って、結局15分くらい撮影タイム。深い谷に赤く染まった雲が垂れ込め、なんとも幻想的な景色が広がっていた。

部屋へ戻った時には、氷が入った食前酒は既に薄くなってしまっていたが、優秀な友人はビールを注文しておいてくれた。この宿の料理が素晴らしい。温泉旅館にありがちな創作系和食コースの流れになっているものの、特に洋食系料理に対する手のかけ方が半端ないように思った。料理長のスープとソースに対する深い愛情の賜物だろう。最初から最後までカジュアル系フレンチでも良いのではないかと思ってしまう。

二日目の天気予報も極めて微妙だった。朝から雨なら早々に東京へ帰ろうと思っていたのだが、降雨は午後以降らしい。予定を午前中だけに絞り、天神峠か一ノ倉沢を状況次第で決めることにして、帰りの新幹線の予定を変更した。

バスに乗ってロープウェイ乗り場まで行くと、予報通りの曇天である。ただしチケット売場おねいさんによると、天神峠まで登ると、谷川岳は見えないものの、群馬県側には青空が広がっているらしい。

結局、ロープウェイに乗ることにした。天神峠から谷川岳側を見ると渓谷には深い雲がかかっており、あのまま一ノ倉沢まで行っても何も見えなかっただろう。夏の終わりとはいえ、天神峠には所々で花が咲いており、楽しいトレッキングができた。

オッサン2人で地味な温泉地まで往復するだけの旅を覚悟していたが、結果的には極めて楽しめた旅になった。やはり「コップに水が半分もある」と思えるマインドが重要なのだろう。

おうむのおもいで

なんとなく分からない事は多い。

夏休みは8月のピークを外して、旅に出るようにしている。9月に休みを取る事が多いが、GWから9月までは長い道のりである。その間、どうすれば良いのだろうか。なんとなく分からない。

僕には悪癖があって、なんとなく分からないまま深夜にGoogle Mapを見続けることが多い。悪癖も不眠も今に始まった事ではなく、数年前の深夜、北海道北部の稚内紋別の間にある雄武町に「オホーツク温泉ホテル日の出岬」を見つけた。その名の通り、オホーツク海を望む高台に建つホテルである。しばらく頭の片隅に留める程度だったのだが、今春の深夜、改めてGoogle Mapを見直していたところ、近隣の漁村に「寿し処 須藤」という美味しそうな寿司屋さんがあった。写真を見ると、かなり細かい仕事をされる板前さんのようだ。

ちょうど快晴の道南旅行から戻った直後だったので、気分的にはイケイケである。稚内と紋別には行ったことがあるが、その間には何があるのだろうか。なんとなく分からないまま、手配を開始することにした。夏休みシーズン直前の週末だったが、往路は女満別ゆきJAL、復路は紋別からのANAに特典航空券の空席があった。問題は定期便が1日1便しかない紋別空港でのレンタカー返却だが、トヨタレンタカーなら女満別空港と紋別空港に営業所があって、乗り捨てできる。

本州なら7月上旬は梅雨の最中だが、梅雨前線は道北まで北上しない。らしい。余裕で構えていたが、出発間近になって週間天気予報を見ると、どうも天気が悪いようだ。出発前日までは晴天が続いていたのだが、出発日以降は曇りか雨の予報が続いていた。なんとなく分からないが、たぶん僕の日頃の行いの問題なのだろう。

それでも女満別空港に到着すると、予報に反して晴天が広がっていた。この晴れ間を活かすしかない。早々に車を借り出し、雄武へ向かった。

なんとなく分からないままGoogle Mapを見続けるのと同様に、僕には田舎の漁港を見たがる悪癖がある。魚釣りには全く興味がないし、漁業に関する知識は皆無なのだが。オホーツク海沿いの国道を走りながら、数カ所ほど漁港に立ち寄って撮影した。地元の人が見たら、密漁者か密輸業者の類だろう。いくつか不審な行為の例をあげて、怪しい人物を見かけたら通報するよう促す看板があったが、かなり該当しそうだった。

晴天を維持したまま、ホテルがある雄武町まで到着できた。奇跡的に空も海も青く、吹き抜ける風が気持ち良い。なんとなく分からないが、たぶん僕の日頃の行いの問題なのだろう。

ホテルには無理を言ってしまったが、初日の夕食はキャンセルしてもらい、例の寿司屋さんで本格的に泥酔。長年、ススキノの有名店にいらっしゃった方が、帰郷して店をやっているとのこと。仕事については素人が言うまでもないが、バブル期の繁華街で鍛えられたトークも上手い。僕にとって「話好きの和食料理人」は飲食業界で苦手な種族なのだが、さすがに年の功と言うべきか、何枚も上手だった。しかも採れたばかりの地元のウニが営業中に届く、かなりベストなタイミングで訪店できた。

翌朝は午前3時に起きた。窓の外を眺めると曇天ではあったが、雲に切れ間があったので、なんとなく分からないまま日の出を見に行った。朝焼けとはいかなかったが、幻想的な光景を楽しめた。

その後は最終日まで雨まじりの曇りだった。女満別から紋別までは北海道の田舎の風情だったが、紋別から北は最果ての雰囲気である。晴れていれば何かしらやることはありそうだが、ぐずついた天候では何をすれば良いのだろうか。なんとなく分からないまま1日半ほど車でフラフラして、飛行機で帰京の途についた。

自宅に帰って調べたところ、北海道には蝦夷梅雨というものがあるらしい。厳密な意味での気象用語ではないようで、なんとなく分からない説明しか見付けられなかったが、夏になる前、なんとなく天気が悪い日が続くらしい。

これだけは、なんとなく分かった。

旅のしおり:雄武

1日目

羽田 0710 (JAL565) >> 女満別 0855

・漁港めぐり

夕食:寿し処 須藤

宿泊:オホーツク温泉ホテル日の出岬

1日目Tips
・日の出岬にはオシャレな展望台がある。流氷の時期は良いだろうと思う。

2日目

0345 日の出

ウスタイベ千畳岩

2日目Tips
・東京より北にあるせいか、それとも東にあるせいか、日の出の時間が早い。と思う。早朝の風景を満喫してからホテルに戻っても、まだ午前4時半だった。それから二度寝というか、本格的な睡眠である。朝食を食べるか確認の電話が入ったが、記憶がないまま挫折。
・結局、三度寝くらいして、気付いたら正午前だった。天気は良くないが、稚内方面へ北上することにした。とりあえず枝幸町のウスタイベ千畳岩を目指したところ、「オホーツク枝幸うまいもん祭り」の前夜祭に遭遇。目的の千畳岩は花火打ち上げ場所になって閉鎖されていたが、毛ガニ水揚日本一の町らしく、色々と地元うまいもんを買い食いできた。やっぱりカニを食べるのは苦手だ。

3日目

紋別 1300 (ANA376) >> 羽田 1450

3日目Tips
・紋別のキャラクターに「紋太」というオッサンがいるが、なんとなく良い。と思う。というか素晴らしい。