人生の修行 / 秋田 | EF64-1000電気機関車見学会

JNR Series EF64-1000

JNR Series EF64-1000

Cab of JNR Series EF64-1000

Good Olden Days

インターネット広告の分析力は的確なので、JR東日本・秋田総合車両センターでの機関車撮影会に参加した後、JR東日本が主催する別のイベント広告が表示された。同じJR工場で、EF64-1000番台という国鉄型機関車の見学会があるとの事である。その見学会では通電状態の機関車2両が展示され、運転席も見せてくれるらしい。JR東日本は国鉄型電気機関車の解体を進めており、実車を見られる最後の機会かもしれない。僕は国鉄型機関車が好きだが、工場見学も好きなのだ。前回の秋田総合車両センター訪問で、雰囲気のある撮影が可能なのも分かっていた。

前回ちょっと悩んだ結果として、鉄道イベントに参加するからといって、必ずしも鉄道に乗って現地へ向かわなければならないわけではないことに気付いた。今回も特典航空券を使えば交通費を軽減できるので、いくぶん気が楽だ。

しかし気が楽とはいえ、僕は年に何回、秋田県に行くのだろう。僕が物好きすぎるのは周囲にバレているが、2026年上半期だけで4回目になってしまう。いくらなんでも、やりすぎだろう。今回こそは家族にも言わないでおこうと心に決めた。

ところで僕は高校時代に歴史小説が好きで、特に池波正太郎と藤沢周平を読んでいた。池波正太郎の作品には江戸の町人地が良く出てきて、東京東部の下町で育った僕には分かりやすかった。一方で山形県庄内あたりが舞台になるらしい藤沢周平の作品は、なんとなく取りつきにくい印象を持っていた。

しかし最近になって酒田や象潟などを訪問した影響で、改めて藤沢周平の作品を読み始めた。舞台のイメージが付いたせいか、それとも僕が年を取ったせいか、いまや極めて面白くなった。出版社勤務の友人いわく、池波正太郎はミステリーだが、藤沢周平は経済小説だそうである。それを信じるとすれば、真の理由は後者なのだろう。

そんな話を、元滝に行った話とあわせて、象潟出身のバーテンダーとしていた。そのバーではウィスキーを4杯ほど飲むのだが、もう20年くらい同じ生活をしているので適度な酔いを楽しめる。

普段は他の客もいるので、公共の場として相応の緊張感を持っているが、その夜はガラガラの夜だった。20年とは緊張感を失うには十分な長さである。象潟で撮った写真を渡しつつ、また秋田に行くと喋ってしまっていた。

酒を飲むと口が軽くなるのは人間の性だが、それは弱さでもある。年は取るだけではダメなのだ。人生には相応の修行が必要なのだろう。

旅の記録:秋田

記載の時刻は訪問時のダイヤです。

羽田 0700 (JAL161) > 秋田 0805
秋田空港 (乗合タクシー) > 秋田総合車両センター

・秋田総合車両センター

土崎 (JR奥羽本線) > 秋田
秋田駅前 (空港バス) > 秋田空港
秋田 1550 (ANA408) > 東京羽田 1705

サボる / 象潟 | 新緑の秋田南部

Mototaki Springs Waterfall

Mototaki Springs Waterfall

Nakajimadai Forest

Nakajimadai Forest

高校ではサボってばかりだった。なぜサボるのかと問われれば、そもそも行きたくなかったからであり、しかも当時は熱烈な鉄道マニアだったので、平日にしか出来ない写真撮影があったからでもある。根本的な原因は、自由に休めなかった事に起因していた。僕自身の問題ではない。と思う。

大人になってからは、サボる事は劇的に減った。たしかに会社へ行きたいわけではないが、給料をもらっている以上は労働の義務がある。それでも有給休暇の制度があるので休みを選択できるし、そもそもサボってばかりだとクビになってしまう。それではサボる事の本質から考えて、本末転倒すぎる結果である。

昨年、山形県酒田市に行った時、現地の友人に秋田県象潟にある元滝へ連れていってもらった。山形県庄内から秋田南部に広がる日本海沿いの名所と同じく、元滝も素晴らしかった。

その旅では帰りに乗車する特急列車から見る日本海の日没撮影をメインに考えていたので、電車の窓枠に乗るコンパクトカメラしか持っていかなかった。撮影したRAW画像ファイルを調整したが、元滝では明暗の差が激しく、コンパクトカメラでは岩肌の表現などがイマイチだった。元滝にはセンサーの大きいデジカメを持って行くべきだったのだろう。

写真的には不満が残ってしまった。仕事以外での未消化は早々に解消したいタイプである。象潟が故郷の人に聞いてみたところ、五月晴れの時期が新緑シーズンで、水量も多くて良いだろうとのことだった。

五月晴れは文字通り5月なのだが、今年のゴールデンウィークは有給休暇を足して9日間の休みを捻出し、ウズベキスタンに行ってしまった。有給休暇の制度があるとは言え、僕は日本のサラリーマンなので、建前通り有給で自由に休めるわけではない現実もある。それを分かっていながらも、ウズベキスタンから象潟の天候をチェックしていた。諦めが悪いというか、我ながら意味不明である。

ウズベキスタンから確認していた限り、今年は沖縄の梅雨入りが早く、本州も5月から高温そうだった。そうなると新緑も五月晴れも短そうな塩梅である。

昨年も同じような判断をした気がするので、せっかちなのだろう。もしくは気象に対する見識が不足している可能性もある。なにせ学校をサボりまくっていたのだ。いずれにしても早めの行動をとる事にした。

幸か不幸かウズベキスタンからの帰国翌週に晴れがあった。せっかちなので、その機会を逃してはならないと思い込んでしまった。天気予報と特典航空券の空席を見比べていたところ、水曜か金曜が良さそうだった。

会社では管理職としての全知全能を、休みを取りやすくするプロセス構築に振りむけている。さてはさりとて一週間休んだ直後に三連休は無理筋だろう。そこで象潟へ行くのは水曜日に決めた。

それはそれでウズベキスタンから帰国して3日後でしかない。なにかしらの体面を保つ必要があると思ったので、50歳手前の社会人にも関わらず、今回はサボる事にした。やはりサボりの根本原因は、平日に自由に休めない事に起因している。僕自身の問題ではない。と思う。

ウズベキスタンからの帰り、仁川空港のラウンジで休み中の仕事を馬車馬のように片付けた。残った仕事は月曜日に何食わぬ顔で済ませ、その夜に特典航空券とレンタカーを予約した。そして火曜日の午後に、翌日は「家庭の急用」で休む旨を告知した。

高校生だった頃から30年経っても、同じ事をしている。それでも前日に通知するだけ大人になった。と思う。

旅のしおり:象潟

記載の時刻は訪問時のダイヤです。今回は珍しくレンタカーを使用しました。

東京羽田 0705 (JAL161) > 秋田 0810

・金浦漁港
・元滝伏流水
・奈曽の白滝
・中島台レクリエーションの森 (獅子ヶ鼻湿原)

秋田 1655 (JAL166) > 東京羽田 1810

想定外の驚き / ヒヴァ | ややこしいイチャン・カラ入場料

Kalta Minor Minaret at Sunset

Islam Khodja Madrasah & Minaret at Night

A House Behind the Islam Khodja Minaret

Throne Room in Kuhna Ark

ウズベキスタンで最も有名な古都はサマルカンドだが、その他にもブハラとヒヴァという有名な歴史都市がある。効率重視で予定を立てれば、日本から9日間の旅で3都市の訪問が可能だが、僕の旅は撮影メインなので2都市が限界だと思った。サマルカンドは外せないので、昨年は迷った末、ブハラを選択した。

今年、二年連続でウズベキスタンに行く事にしたのは、ヒヴァに行きたかった事が大きい。ヒヴァには世界遺産であるイチャン・カラという古い城壁のある旧市街が残っている。旧市街中心部でホテルを探したが、良さそうなところは満室、他は部屋が狭かったりしてイマイチだった。結局、中心から少し離れたホテルを予約した。

ホテル予約サイトを読む限り、かなり綺麗そうなホテルだったが、予約の保証にクレジットカードが必要なかった。正直、これは微妙である。事前に振込送金を求められたケースがあるし、昨年にはサマルカンドで予約したホテルが無くなっていた思い出もある。たぶん配車アプリよりも高いとは思いつつも、念のためホテルまでの送迎を予約する事で、予約通り滞在する意思を表明しておいた。向こうは僕を信用しているのかもしれないが、僕はそこまでではない。

夜行列車の乗車で一悶着あった後、ヒヴァのホテルに着いた。ヒヴァの旧市街にはイチャン・カラという城壁が残っているのだと思っていたが、イチャン・カラが旧市街そのものだった。そのため旧市街の「中心から少し離れたホテル」とは、旧市街の外にあるホテルである。どちらも着いてから分かった事で、正直、かなり想定外で驚いた。それでも城壁の門まで歩いて1分くらいであり、早速、荷物を置いてイチャン・カラを見に行く事にした。

イチャン・カラへ入るには城壁の門を通る必要があるのだが、現代の城門には門番の代わりに改札係がおり、イチャン・カラ内部に行くだけでも入場料がかかるとの事だった。再び想定外で驚いた。サマルカンド駅で列車に乗りそこなって以来、驚きばかりの一日である。全てが僕自身によるリサーチ不足の産物なのだが、まずはチケット売り場で料金表を確認するところから始めた。

チケットは数種類あり、少々ややこしい。博物館の入場料込みのチケットを買うと、イチャン・カラには2日間入れる。ヒヴァでは3泊の予定だったので、初日はイチャン・カラに入るだけの入場券を買う事にした。2日目に2日間有効のチケットを買えばいいだろう。

城壁に入ると保存状態の良い旧市街で、別の世界に来たような感覚だった。ドブロブニクの城壁内も別世界の感じがしたが、それを超える感覚である。この日のチケットでは博物館には入れないので、街をブラブラし、美しいミナレットが見られるオープンカフェで時間を潰した。夕方になって雲が出てきて、しかも遠くから雷鳴が聞こえたが、かえって風情ある夕景を楽しめた。

翌朝、博物館に入れるチケットを買い、観光を始めた。このチケットも少々ややこしい。チケット自体は2日間イチャン・カラへ無制限の入場が可能だが、一か所でも博物館を再訪したければ、もう一回、2日間有効の入場券を買う必要があるようだ。しかも宗教施設の入場は別料金だが、博物館も元々はモスクか神学校なので、どれが別料金なのか、よく地図で確認しない限りイマイチ分かりにくい。

いちばん見たかったジュマ・モスクは、残念ながら工事中で半分だけしか見られず。ちなみに現役のモスクではないようで、名称にも関わらず、ジュマ・モスクは博物館の扱いだった。

料金さえ払えば宗教施設には何度でも入れる事を考えると、事前に行きたい博物館を決めておいて、そこには観光客が少ない朝の時間帯を狙って行くのが良いだろう。結局のところ、イチャン・カラの観光には十分なリサーチが必要だと思われる。ヒヴァに到着してから、城門で想定外と驚いている場合ではなかったのだ。

イチャン・カラをウロウロと歩いていたところ、たまたま木工工房の前を通り過ぎた。ウズベキスタンのモスクには木製の柱やドアが多用されているが、どれも緻密な彫り物である。この手の工房は見学無料と言っても手ぶらでは帰りにくいので敬遠しがちだが、昨年、ブハラのボロハウズ・モスクに感動したので入ってみる事にした。いくらなんでも木柱を買わされることはないだろう。

ちょうど職人さんが作業中だった。写真を撮らせてもらい、完成品の柱やドアを間近で眺めることができた。最後にショップを見たところ、手の込んだイスラム文様の彫り物があったので購入したかったが、まったく商売気がなく誰もいない。興味のない工房は売り手から逃げるのが大変だが、欲しい時には売り手はいない。先程の職人さんに親方を呼んでもらった。

ヒヴァはウズベキスタン随一の観光地であるサマルカンドとは組み合わせにくい街だが、かなり満足できた。僕はヒヴァに辿り着くまでに不必要な苦労をしたものの、それ以上の価値があったと思う。近隣の町には空港があるので、片道だけ国内線のタシュケント便を使えば、僕のような緩いスケジュールでも効率的な国内移動が可能だ。

今回の旅ではリサーチ不足により想定外の驚きを連発してしまった。ゆえに未だリサーチ不足が隠れている可能性もあるが、現時点ではウズベキスタンで思いつく限りの街に全て行くことができた。これにて3年連続でウズベキスタンへ行かずに済むだろう。まぁ・・・多分。