おうむのおもいで

なんとなく分からない事は多い。

夏休みは8月のピークを外して、旅に出るようにしている。9月に休みを取る事が多いが、GWから9月までは長い道のりである。その間、どうすれば良いのだろうか。なんとなく分からない。

僕には悪癖があって、なんとなく分からないまま深夜にGoogle Mapを見続けることが多い。悪癖も不眠も今に始まった事ではなく、数年前の深夜、北海道北部の稚内紋別の間にある雄武町に「オホーツク温泉ホテル日の出岬」を見つけた。その名の通り、オホーツク海を望む高台に建つホテルである。しばらく頭の片隅に留める程度だったのだが、今春の深夜、改めてGoogle Mapを見直していたところ、近隣の漁村に「寿し処 須藤」という美味しそうな寿司屋さんがあった。写真を見ると、かなり細かい仕事をされる板前さんのようだ。

ちょうど快晴の道南旅行から戻った直後だったので、気分的にはイケイケである。稚内と紋別には行ったことがあるが、その間には何があるのだろうか。なんとなく分からないまま、手配を開始することにした。夏休みシーズン直前の週末だったが、往路は女満別ゆきJAL、復路は紋別からのANAに特典航空券の空席があった。問題は定期便が1日1便しかない紋別空港でのレンタカー返却だが、トヨタレンタカーなら女満別空港と紋別空港に営業所があって、乗り捨てできる。

本州なら7月上旬は梅雨の最中だが、梅雨前線は道北まで北上しない。らしい。余裕で構えていたが、出発間近になって週間天気予報を見ると、どうも天気が悪いようだ。出発前日までは晴天が続いていたのだが、出発日以降は曇りか雨の予報が続いていた。なんとなく分からないが、たぶん僕の日頃の行いの問題なのだろう。

それでも女満別空港に到着すると、予報に反して晴天が広がっていた。この晴れ間を活かすしかない。早々に車を借り出し、雄武へ向かった。

なんとなく分からないままGoogle Mapを見続けるのと同様に、僕には田舎の漁港を見たがる悪癖がある。魚釣りには全く興味がないし、漁業に関する知識は皆無なのだが。オホーツク海沿いの国道を走りながら、数カ所ほど漁港に立ち寄って撮影した。地元の人が見たら、密漁者か密輸業者の類だろう。いくつか不審な行為の例をあげて、怪しい人物を見かけたら通報するよう促す看板があったが、かなり該当しそうだった。

晴天を維持したまま、ホテルがある雄武町まで到着できた。奇跡的に空も海も青く、吹き抜ける風が気持ち良い。なんとなく分からないが、たぶん僕の日頃の行いの問題なのだろう。

ホテルには無理を言ってしまったが、初日の夕食はキャンセルしてもらい、例の寿司屋さんで本格的に泥酔。長年、ススキノの有名店にいらっしゃった方が、帰郷して店をやっているとのこと。仕事については素人が言うまでもないが、バブル期の繁華街で鍛えられたトークも上手い。僕にとって「話好きの和食料理人」は飲食業界で苦手な種族なのだが、さすがに年の功と言うべきか、何枚も上手だった。しかも採れたばかりの地元のウニが営業中に届く、かなりベストなタイミングで訪店できた。

翌朝は午前3時に起きた。窓の外を眺めると曇天ではあったが、雲に切れ間があったので、なんとなく分からないまま日の出を見に行った。朝焼けとはいかなかったが、幻想的な光景を楽しめた。

その後は最終日まで雨まじりの曇りだった。女満別から紋別までは北海道の田舎の風情だったが、紋別から北は最果ての雰囲気である。晴れていれば何かしらやることはありそうだが、ぐずついた天候では何をすれば良いのだろうか。なんとなく分からないまま1日半ほど車でフラフラして、飛行機で帰京の途についた。

自宅に帰って調べたところ、北海道には蝦夷梅雨というものがあるらしい。厳密な意味での気象用語ではないようで、なんとなく分からない説明しか見付けられなかったが、夏になる前、なんとなく天気が悪い日が続くらしい。

これだけは、なんとなく分かった。

旅のしおり:雄武

1日目

羽田 0710 (JAL565) >> 女満別 0855

・漁港めぐり

夕食:寿し処 須藤

宿泊:オホーツク温泉ホテル日の出岬

1日目Tips
・日の出岬にはオシャレな展望台がある。流氷の時期は良いだろうと思う。

2日目

0345 日の出

ウスタイベ千畳岩

2日目Tips
・東京より北にあるせいか、それとも東にあるせいか、日の出の時間が早い。と思う。早朝の風景を満喫してからホテルに戻っても、まだ午前4時半だった。それから二度寝というか、本格的な睡眠である。朝食を食べるか確認の電話が入ったが、記憶がないまま挫折。
・結局、三度寝くらいして、気付いたら正午前だった。天気は良くないが、稚内方面へ北上することにした。とりあえず枝幸町のウスタイベ千畳岩を目指したところ、「オホーツク枝幸うまいもん祭り」の前夜祭に遭遇。目的の千畳岩は花火打ち上げ場所になって閉鎖されていたが、毛ガニ水揚日本一の町らしく、色々と地元うまいもんを買い食いできた。やっぱりカニを食べるのは苦手だ。

3日目

紋別 1300 (ANA376) >> 羽田 1450

3日目Tips
・紋別のキャラクターに「紋太」というオッサンがいるが、なんとなく良い。と思う。というか素晴らしい。

さいごんのおもいで

ホーチミンシティ空港は乗継で何度か利用しているが、街に出たのは1回だけだ。フォーを食べに行くため、空港で荷物を預けて、中心部まで路線バスで往復した程度である。実質的な滞在時間は2時間ほどだろう。このまま乗継のために通過ばかりしていると、ホーチミンシティを食わず嫌いになる恐れがある。今回のベトナム訪問ではホーチミンシティにも1泊し、街を探検してみることにした。

昨年のハノイ滞在時にも感じたのだが、インバウンドブーム前までの日本国内ホテル相場感を引きずっているせいか、ベトナム大都市のホテル選択は難しい。もちろん安宿も多いのだが、いわゆるピンキリで、それなりのホテルは相当の価格設定である。しかも水回り設備の悪いホテルが極めて苦手なので、ホテル選びは念入りに行う必要がある。

今回のベトナム滞在にあたり、最初にホーチミンシティのホテルを探したが、土地勘が全く無いせいもあり、立地と設備と値段のバランスが分からない。延々と探した挙げ句、中心部に近い日系ホテルが、ほぼ新築で値段的にも納得がいったので予約を入れた。

その後、メインの目的地であるフエでもホテルを探したが、こちらは立地と風格だけで決めてしまった。フエのフォーン川には、パリのエッフェル塔を建設した、エッフェル事務所が設計した橋が架かっており、その橋の袂に位置するコロニアルなホテルである。しかもリバービューの部屋でも、そこまで高くはないようだ。周囲には築年数が浅い同価格帯のホテルが多くあるにも関わらず、古き良きホテルの類なのだろうと決めつけて予約。

こうなると最初にホーチミンシティでホテルを探した時の、シビアなリサーチは忘れがちになる。ホーチミンシティのホテルも、コロニアルでリバービューの方が良いような気がしてきた。

改めてサイゴン川沿いでホテルを探してみたところ「ホテルマジェスティックサイゴン」という高級ホテルがあった。豪華な歴史ある建物だ。バルコニー付きリバービューの部屋もあるが、さすがにホーチミンシティの高級ホテル相場なので高額である。

ホテルの風格は建築時の投資による影響が大だろうが、ホテルの管理は現オーナーの料金設定に影響を受ける。と思う。建物が古ければ、維持するにも更に手間がかかるだろう。フエのホテルが設備維持に対して割安で、内心では一抹の不安を覚えており、最終日の高級ホテルは悪くない選択肢と思われた。それでも冷静に考えれば、新築物件の日系ホテルが絶対的にベストな選択肢なのだろうが。

しばらく悩んだものの、やはりと言うべきか、冷静な判断には至らない。結局、ホテルマジェスティックサイゴンに予約を変更することにした。微妙にケチって当初はリバービューではない部屋で予約を入れたが、土壇場でバルコニー付きリバービューの部屋に変更。ホーチミンシティ1泊で、フエ2泊よりも高いのは都合よく忘れる事にした。ホーチミンシティでも古き良きホテルに泊まり、古き良きサイゴンを訪ねる旅をしたい。

結果的に、最初に泊まったフエのホテルは「無難」だった。恐れていた程は悪くないが、そこまで良いわけでもない。多少なりとも料金を上げてでも、もうちょっと全体的に良いと、重厚な建物が生きる気がするのだが。現実問題としては、ホテルの料金は設備維持ではなく、市場価格に影響されるのだろう。

一方でマジェスティックサイゴンは素晴らしかった。しばらくホテルの周囲の大通りが車両通行止めになっていたので、相当な政府要人が来ていたと思われるが、チェックインの為にホテルに着くと、スタッフが列をなして待ち構えていた。花束まで持っている。ついつい受け取るそぶりをしようとするが、そんな冗談は通じないだろうし、困惑させるのが目に見えている。このホテルに関しては、これが最初で最後の冷静な判断と思われる。

花束と言えば、ホーチミンシティには花市場があった。ベトナムでは市場に行くのが楽しいが、花専門の市場は初めてである。

翌朝、早起きしてGrabで花市場に向かった。やや時間的に出遅れた感はあったが、野菜ばかり見ているのとは違い、更にカラフルで美しい。その後、ビルの谷間に残る、昔ながらの市場を2か所まわってホテルに戻った。

古き良きホテルに泊まって、古き良き市場を訪ねる。現代的で混沌としたホーチミンシティには大して興味なかったが、昔ながらのサイゴンを垣間見る滞在ができた。

ふえのおもいで

冬の日本で予定を立てる時は忘れがちだが、ベトナムは高温多湿である。フエに到着した日はクーラーの効いたプライベートツアーの車で移動していたが、翌日以降は自力で移動するしかない。天気予報を見ると午後に雷雨が発生することが多いらしく、涼しい早朝のうちに観光することにした。

しかし期待通りに行かないのが天気である。

翌朝、ちょっと早めに起きたら曇りだった。写真的には晴れている方が良いに決まっているが、気温は朝の方が涼しいし、しかも曇っている方が体感的に楽だろう。その時点でも午前の天気予報は晴れになっており、午後から雷雨との事だった。涼しい間に移動できるし、しばらく待てば天候も好転する筈である。

がんばって早起きした事もあり、ベストなタイミングだろうと判断し、市場を見てから、フエ王宮へ向かった。市場見学も入れて1時間ほど徒歩だったが、早朝の曇天ながら、フエ王宮に着いた時には既にゲンナリするほど体力を消耗していた。

しばらく王宮を見ているうち、なぜか雷雨になった。雨が降るのは午後ではないのだろうか。傘を持たずに出てしまったので、1時間以上も雨宿りを余儀なくされた。小雨になったところで王宮を出て、近隣のカフェでGrabを呼んでホテルに戻った。写真的にはイマイチだったが、いかんともしがたい。ふてくされて昼寝することにした。

正午過ぎに起きると、何故か晴れていた。天気予報とは真逆の展開である。もう一度、フエ王宮の撮影をトライすることにした。

さすがに再び王宮まで歩いて行く気にはならず、タクシーを利用した。雨上がりで湿度が高いせいもあり、天気予報アプリによると体感気温は43度もあった。良識あるベトナム人なら外出しないような気候条件である。僕は不良外国人なのだろうか。

実際に行ってみると、意外にもベトナム人で混んでいた。週末だったせいだろうか、宮廷衣装で撮影大会をしているグループが多い。良識の有無は分からないものの、僕が不良外国人とは言えないのではないだろうか。

下らない事を考えて気を紛らわせてみたものの、とにかく蒸し暑く、尋常ではない発汗をしていた。脱水症状を起こす前に、どこかで休憩が必要だろう。

フエ王宮の入場料は高めであり、再入場は不可らしい。午前中に王宮出口付近のカフェを利用したが、一旦そこに行くとなると、1日3回も入場料を払う羽目になる。2回目の入場料を払った時点で朝の判断ミスを後悔しているので、さすがに3回目はないだろう。先刻の雨宿りの成果として施設内のベンチの場所は把握しており、日陰で休憩することにした。

ところで日本語で苦手なものに「万」という単位がある。1万円札は好きだが、3桁おきにカンマをつけていくとズレるのである。金銭の感覚として1万というのは分かるのだが、数字だけを見ると1万というよりも10千という方が分かりやすい。

1,000ドンが6円くらいなので、ベトナムドンと日本円は感覚的に3桁か4桁違う。ちょっと自慢をすると、2桁かける2桁の掛け算までは暗算できる数学的才能を持っている。厳密には100 x 100も暗算で分かるので、3桁かける3桁の暗算もこなせる男である。この能力を持ってすれば、1000ドンを5円と考えれば大して難しくない日本円換算だと思うのだが、なぜか以前から極めて苦手である。ベトナムで現金を扱っていると、貨幣価値の感覚がおかしくなってしまう。

フエ王宮内には僅かな台数ながら飲料自販機があって、500mlのペットボトルの水が1.5万ドンだった。街中では同じ製品を1万ドンくらいで売っているのだが。水を持たずにホテルを出てしまった判断ミスを後悔しても遅い。

1万ドンの1.5倍が1.5万ドンというのは分かるが、1.5万ドンを日本円換算する時点でギブアップである。いずれにしても観光地価格だと思ったものの、3回目の入場料を考えると、やむを得ない選択だろう。諦めて自動販売機に手持ちの5千ドン札3枚を入れようとしたが、なぜか1枚も使用できなかった。

しょうがないので少し歩いて、店先に冷蔵庫がある土産物屋へ向かった。こういうのは施設内で値段が決まっていると思いきや、同じ水が3万ドンとの事である。観光地価格だと思った先程の倍額である。もう暴利と言っていい。まったく納得のいかない顔をしていたのだろう。凍っているから、と説明された。

確かにペットボトル内の水は半分くらい凍っていた。キンキンに冷えた水である。経済学の教科書的には、コモディティ化から脱却した、高付加価値なビジネスモデルということなのだろう。ただし僕の需要には合わない。飲用水が固体化している必要はなく、衛生的であれば、そもそも冷えている必要すらない。経済学的には、むしろ寡占市場の弊害に思えた。

嫌々ながら3万ドンを受け入れるか、お釣りを諦めて2万ドンで自販機を使うか。まったく悩むこともなく、早々に自販機まで戻る事にした。文字通りの無駄足である。

よくよく自販機を見ると、英語の説明書きがあった。小額紙幣にはなるが、お釣りが出るらしい。さっさと買えば良かった。今度は1万ドン札を1枚いれたところ、機械が動き出して商品が出てきた。意味不明である。機械の価格設定が間違っているのか、僕の直前に返金問題でトラブった利用者がいたのだろうか。

僕としては結果的に市場価格で水を手に入れることができた。満ち足りた気持ちでベンチに座って休憩したが、指折り数えて試算すると100円程度の違いである。そもそもが観光地値段ということを考慮すれば、誤差の範囲だろう。

結局のところ、問題なのは「万」の単位ではなかった。桁数が多くて高額そうに見える紙幣が苦手なのである。貧乏性という事だろう。そう思うと、先程の掛け算自慢も桁数が少なくて小物感しかない。この日の行動を振り返ると、どうやら判断力もなさそうである。

酷暑のフエで体力と入場料、更に自信を喪失した。