

アメリカに住んでいた頃にも飲茶に行ったことはあるが、あくまでも食事のつもりだった。今回、香港とマカオで飲茶に行ったが、飲茶とは、食事のような、茶を飲むような、新聞を読むような、一種独特のもののようである。
家族で、あるいはオッサン一人で朝から飲茶に出かける。お茶を飲む。ポットに湯がなくなれば何度でも足してくれる。点心を食べる。新聞を読む。家族で来ても全員が新聞を読んでいる。たまに会話をする。
全般的には茶を飲みながら新聞を読んでいる風情である。ゆっくりと時間が流れていた。
Blog & Photo by COLO


アメリカに住んでいた頃にも飲茶に行ったことはあるが、あくまでも食事のつもりだった。今回、香港とマカオで飲茶に行ったが、飲茶とは、食事のような、茶を飲むような、新聞を読むような、一種独特のもののようである。
家族で、あるいはオッサン一人で朝から飲茶に出かける。お茶を飲む。ポットに湯がなくなれば何度でも足してくれる。点心を食べる。新聞を読む。家族で来ても全員が新聞を読んでいる。たまに会話をする。
全般的には茶を飲みながら新聞を読んでいる風情である。ゆっくりと時間が流れていた。



日本に帰ってきて、起きたら午後だった。12時間も飛行機に乗ると、12時間くらい寝ないと疲れがとれないのだ。もう若くない。
最近、もう若くないと思うことが多い。酒が抜けなくなったとか、白髪が増えたとか。とくに衝撃的なのが「たまのふくろ」である。おちんちんの袋の部分ですね。あれが大きくなってきた気がする。
最近かなりの勢いで体重が増加しているので、最初はそのせいかと思った。よくよく考えてみると、体重が増えるのは脂肪がつくということだ。腹が出てきたり、顔が膨張したり。デブになるということ。脂肪が増えるから、それに伴って皮膚も伸びる。
たま自体が大きくなった気がしないのに、ふくろが大きくなるはずがない。それでも大きくなった気がするのは「たれ」のせいだろう。老化して重力に耐えられずたれてきたのだ。
自由なのが好きなのでトランクスしかはかないが、これでは重力のなすがままである。自由にしすぎたのが良くないのかもしれない。そう思ってノルウェーでブリーフを買った。トナカイの顔の絵がついたブリーフである。



船旅も今日で終わり。ベルゲンという街で船を降りた。船は三食付なので食事には困らないが、毎日ノルウェー料理である。サーモン、鱈、トナカイあたりがメインで、たまに牛肉が出るが赤身ばかり。そんなわけで昨日あたりからジャンクな物を求めていた。ジューシーな肉が食べたい。脂肪分を摂取したい。ささやかな希望である。
船を降りると、とりあえずバーガーキングを目指した。一番デラックスなバーガーを頼み、もちろんポテトとコーラはビッグサイズ。あっという間に貪り食った。
街をブラブラと歩き、駅へ行って切符を買った。建物も電車もレトロな感じでいい。



タヒチから戻って約一ヶ月になる。この間、僕はろくな生活を送っていなかった。毎日14時ころに起き、食事の後に昼寝。なんとなく夕方から起きだして、20時くらいに夕食を食べたら、22時くらいにバーに行く。それからネットを始めると、寝るのは4時過ぎである。いくら休職中といえども、この生活はよくないだろう。医者からは規則正しい生活を送れと言われているが、毎日午後に起きることを医学的に規則正しい生活とは言わないはずである。
とはいえ、やることはない。本当は4月中旬から復職する予定だったが、それも延期になってしまった。やることがなければ旅をすればいい。旅に出れば観光をしなくてはいけないから昼寝三昧の生活とはいかないだろうし、旅行に出かけてまでネット三昧ともいかないはずである。もっとも年始以来の旅のしすぎで金はないが、こういうときこそ親に頭を下げるときである。
借金の目処がついたところで、どこに行くかを考えた。前々から気になっていたのだが、ノルウェー北部を結ぶ定期航路があるらしい。沿岸急行船と呼ばれる航路で、生活物資の輸送のほか、クルーズ船のようにもなっており、オーロラの出る冬場と短い夏が観光のピークシーズンのようである。
ノルウェー北部といえば、北極圏ギリギリの場所である。最果ての地といっていい。多分さむいところなんだろう。そんなところで真冬にオーロラを見るのは嫌だが、一方で最果ての地ならば冬っぽい時期が似合う。今こそがイメージに近い時期ではないだろうか。
予定を立てるのは早いが、旅に出るのも早い。オスロで乗り継ぎのために一泊、そこから国内線でキルケネスという街に着いた。ロシア国境にも近い、ノルウェーの北のはずれの街だ。寒い。夕方からは小雪が舞い始めた。ここで更に一泊してから沿岸急行船に乗る。
ここのところ、毎日のように鼻血が出る。花粉症で鼻をこすりすぎているので、鼻の粘膜が傷ついてしまっているのだろうと思った。鼻の穴にオロナインを塗るのも手かと思ったが、ぼくの世界がオロナイン臭であふれてしまうと思い、耳鼻科に行ってきた。
病院に好き嫌いをつけるとすると、耳鼻科は嫌いな方に属する。そもそも耳鼻科の診察は原始的すぎる。そして拷問に近い。
・頭を椅子の背に固定させる。
・鼻あるいは耳の穴をこじ開ける。
・棒状のモノを穴から挿入する。
・アヤシゲな気体あるいは液体を注入する。
こういうことはジュネーブ条約で禁止されているのではないか。もっとも、今時、拷問の方が洗練されたテクニックを使っていると思う。裸で犬の真似をさせたり、便器の水を飲ませたり。
今日も耳鼻科は患者であふれていた。大体は子供である。ピーピー泣くのだ。やかましい。拷問前に意図的に恐怖心を植え付けられているようである。グアンタナモのようなことが、白昼堂々と都内で行われているのである。これが都知事選の争点にならなくて良いのか。
そして僕の番になった。椅子に座るように指示され、器具で鼻の穴をこじ開けられる。その後、鼻に棒を挿入されると、棒の中から液体のようなモノが噴出された。なされるがままである。拷問を止めるように説得しようとしたが、一瞬の隙に別の棒を挿入され、新たな液体を注入された。ぼくは抗議の意味を込め、一粒の涙を流した。
医者は花粉症で鼻の中にひどい炎症が起きているのだと言っていた。花粉症の薬と消炎剤を処方された。
こんなことになるのであれば、もっと早く耳鼻科に行くべきだった。もともと花粉症の薬は飲んでいたのだ。その薬が悪かったのか、非力だったのか、この有様である。妄想が暴走したあげく、ついにはオッサンなのに泣いてしまったではないか。
治療費を支払おうとすると、耳かきに来ていた乳児が人生の終わりのような声を上げていた。人生が始まったばかりの奴が絶望の深淵のような声を出すのである。やはり耳鼻科は嫌いだ。