まかおのおもいで

先日、唐突に所要で香港方面に行くことになった。

香港と言えば、夜景とスターフェリーの街である。そして飲茶と路面電車の街でもある。華やかさと奥深さを兼ね備えた大好きな街のひとつなのだが、気が付けば5年くらい行っていない。

久々の香港なので尖沙咀に泊まって夜景を眺め、スターフェリーで香港島に飲茶とバーに通おうかと思った。

しかし、よくよく考えると、既に雨季である。何度か春に香港へ行ったが、天気が悪く、100万ドルの夜景らしい夜景は見ずに終わっている。

せっかく尖沙咀に泊まるのならば、天気の良い時期に行きたい。乾期になる秋まで待とうではないか。

今回は香港を見送り、マカオに行くことにした。

香港からマカオへは高速フェリーが24時間体制で運航されているが、香港空港の近くに港珠澳大橋ができたので、バスでも行けるようになった。バスも24時間体制での運行である。さすがラスベガスと並ぶギャンブルの街だ。欲望は満たすためにあるのだろう。

深夜に香港空港で飛行機を降り、市バスで港珠澳大橋のバスターミナルに向かった。ここで香港を出境し、シャトルバスに乗り換える。シャトルバスで港珠澳大橋を渡り、マカオ側のバスターミナルでマカオに入境。バスに2回乗っているだけだが、ちょっとした冒険である。

近年のマカオは発展し続けているらしい。ギャンブルの金額ベースでは既にラスベガスを超えているとのこと。カジノ併設のホテルはIntegrated Resort (IR) と名を変えて賭場の後ろ暗さを隠し、キラキラしたIRが雨後の筍のように出来ている。

故に今時のマカオといえば、人工的にキラキラした街なのだろう。しかし僕は古臭い街が好きなオッサンである。

そんな僕の中でのマカオの象徴は、カジノ・リスボアのネオンサインだ。IRのキラキラ感とは無縁の、むしろ後ろ暗さを隠しきれないカジノである。僕自身はギャンブルをしないので、イメージだけの話なのだが。前回のマカオ訪問は日帰りだったので、リスボアのネオンサインを見ていなかった。

前回のマカオ訪問では、一軒の古い飲茶屋が非常に気に入った。香港などでも何軒か飲茶屋に行っているが、今に至るまで、その店が一番好きだ。お茶も点心も奇をてらったものではなく、昔ながらのワゴン方式というわけでもなく、質素な普通の店なのだが。

まだ残っているだろうか。なにせ8年くらい前の事である。かなり怪しい。

記憶をたどりながら、地図を探す。何とか場所を特定する事ができた。ちゃんと例の飲茶屋は残っていた。さらに地図を見ていると、飲茶屋の隣に市場があった。そういえば飲茶の後で市場へ行った記憶がある。

結局、飲茶屋と市場の再訪が最大の目的になった。変わり続けるマカオとは無縁の、変わらないマカオである。

そんなマカオでノンビリと飲茶をした。キラキラとは無縁のボロいビルの2階だったが、至福の時だった。

しんがぽーるのおもいで

僕は食べず嫌いが多い。

たとえば牡蠣。子供の頃、牡蠣鍋を無理に食べさせられて以来、ほとんど食べていない。その時の牡蠣はスーパーで売っている剥き身のパックだったのだが、いまだに牡蠣の剥き身パックを鮮魚コーナーで見るものイヤだ。いまや僕と牡蠣との関わりは、数年に1度くらい生牡蠣を食べる程度になっている。最近では昨年11月にボストンでシーフードのレストランに行った時だ。Rが付く月のニューイングランドである。メニューを見るまでもなく、時期も場所も生牡蠣を指し示していたのだが、それでも積極的にオーダーするわけではなかった。

海老も嫌いである。殻に由来すると思われる、独特の臭みと味が嫌いなのだ。野菜料理で有名だった山奥のレストランで、なぜか伊勢海老の焼き物が出てきた時は、全く手をつけずに残した。安直なメニューに対する抗議と見せかけて、ただ単に嫌いだっただけである。20年ほど前には、サンフランシスコ湾沿いのレストランで、シュリンプ・カクテルと白ワインという土曜のランチが待ち遠しかった気がするのだが。いつの間にか、かっぱえびせんのようなスナック菓子すら見たくないオッサンになってしまった。

僕にとって、シンガポールは牡蠣や海老と似たようなポジションである。乗継ぎの時間つぶしやら仕事やらで、結果的に1年に1回はシンガポール市内に行っているが、ほとんど好きになれていない。

初めてシンガポールに行ったのは、10年くらい前になると思う。最初の記憶として残っているのは、平日の午後、クラークキーをマーライオンに向かって歩いていた所である。

何月だったのか覚えていないのだが、いずれにしても常夏の島の午後は暑いし、平日の昼間だから観光地に人はいない。

コンクリートで作り込まれたシンガポール川沿いの街なみといい、不自然なまでの綺麗さといい、人工的すぎるように思えた。クラークキーの人出のなさも相まって、そのころ不振だったUSJのような、なんとなく寂しさのあるテーマパークのように思えた。

その日以降、僕の中でのシンガポールは、無駄にテーマパーク化した香港という位置付けになった。食わず嫌いの始まりである。

ことわざに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というのがあるが、シンガポールが食わず嫌いになると、マーライオンもナイトサファリもガーデンズ・バイ・ザ・ベイも、すべてがウソぽく見える。中華街の飲茶屋で深夜までビールを片手に点心を食べられるのも、広東の飲茶屋を思うとウソぽい。究極はマリーナベイ サンズの屋上の船である。あんなコンクリート製の偽物の船よりも、スターフェリーのほうがいい。

結果として、シンガポールで真に素晴らしいと思っているのは、ラッフルズ ホテルだけである。もっともラッフルズを定宿にする財力はなく、Long Barは観光地すぎて苦手であり、もっぱらロビーにある小さなバーを愛用している。そのラッフルズもリニューアル工事中で、ここ数回はバーにも行けていない。

結局、食わず嫌いの原因になったクラークキーでハッピーアワー前から飲みはじめ、夕方からは中華街でビールを片手に飲茶を食べるのが定番コースになってしまった。コンクリートに覆われ、しかも海は見えないが、それでも潮風を浴びながら屋外で昼酒を飲むのは快楽である。それに、もはや飲茶とは言えないのかもしれないが、やっぱり点心とビールは相性がいい。しかも20時ちょっと前に中華街でタクシーを拾えば、22時頃発の羽田行きに間に合い、翌朝から会社に行けるので無駄がない。

今年は正月代休のベトナム旅行を直前でキャンセルし、シンガポールに行くことにした。ここのところ出張以外でシンガポールに泊まる機会はない。市場が好きな僕としては、今回は早起きして市場に行ってみようと思った。

シンガポールと言えば、公営住宅と出稼ぎメイドさんとホーカーセンターの国であり、あまり自宅で家庭料理というイメージはない。農産物を輸入に頼っているせいもあるのだろうが、実際にスーパーに行ってみると食材は高くてショボイ。

あまり期待せずに市場へ行ってみることにした。シンガポールには何箇所か市場があるのだが、リトル・インディアのTekka Wet Market、それとTiong Bahru Wet Marketの2箇所に行ってみた。

秩序と清潔をモットーとする国の市場だけあって、以前に訪れたことのあるアジアの市場と比べると、アジア的な混沌さはないが、それでも市場らしいパワフルさに満ちている。中華街に近いTiong Bahruよりも、インド街のTekkaのほうが押しが強い気がしたが、これってインド人的なニュアンスなのだろうか。

あたり前のことだが、ラッフルズホテルはシンガポールの一つの側面でしかない。シンガポールにも普通の生活はある。短期滞在で分かりやすい所だと、ホーカーセンターがシンガポーリアンな生活の一例なのだろう。

今回は市場に行き、もう一つ、シンガポールの普通の生活を垣間見ることができた。こうやってテーマパークではないシンガポールを見ることで、多少なりともシンガポールに対する食べず嫌いの解消に繋がっていくのではないだろうか。

ところで、牡蠣と海老も、もっと積極的に関われば好きになるのだろうか。考えただけでもウンザリだ。やめておこう。

びんたんとうのおもいで

僕にとってインドネシアはハードルが高い。

5年以上前になるが、オッサン2人でバリに行くという非理性的な思いつきを、理性的に計画段階で挫折した。バリのビーチにいると言われている、ジゴロやら物売りやらボッタクリやらの有象無象に恐れをなしたのである。

その後、知人がジャカルタに住んでいたのだが、どれだけ話を聞いても、一向にハードルは下がらなかった。むしろ話を聞けば聞くほど、インドネシアのハードルは上がったのかもしれない。

一方、ベトナムを挫折して行ったシンガポールというと、飛行機の乗り継ぎか仕事で行く所だし、イメージ的には香港がテーマパーク化した場所という程度である。ハードルは低いが、飽きてしまいそうだ。

シンガポールでの予定を考えていたところ、ふと「ビンタン島」という島の話を聞いた。シンガポーリアンが週末に出かける島らしい。シンガポールから高速フェリーで1時間くらいとのこと。

調べたところ、ビンタン島はインドネシア領である。バリ島の有象無象の話が頭をよぎるが、ビンタン島はインドネシア政府とシンガポール政府が共同でリゾート開発しているような場所らしい。そうであるならば、インドネシアとはいえ、テーマパーク化しているのではないだろうか。インドネシア初心者には丁度いいように思えた。

ホテルを何軒か調べてみると、基本的にフェリー乗り場からの送迎がついている。これで、インドネシアの難関の一つと思われる、地元タクシーを回避できる。あとは海でも眺めながらビールを飲んでいれば良い筈だ。時期的には雨季の終わりなのだが、とりあえず行ってみることにした。

シンガポールの立派なフェリーターミナルから、ビンタン島に向かった。やや格落ち感のあるフェリー乗り場に到着である。インドネシア入国にはアライバルビザを取る必要があった気がしたのだが、実際にはアライバルビザは不要で、入国審査もあっさり終了。結果的にビザ代が浮いたのだろうか。

その後、テロ対策なのか、税関で金属探知機を通り抜けさせられた。ロシアの駅の検査くらいだろうとタカを括っていたところ、iPhoneが引っかかった。アライバルビザはクリアしたのに、金属探知機で引っかかるとは。

イチャモンをつけられて賄賂を要求されるような、東南アジア的な事態にはならず、無事にインドネシアに入国した。温泉地の駅前にいるようなハイエースでホテルに向かう。フェリー乗り場を出ると、そこは東南アジアの普通の島であり、ジャングルの広がる田舎である。

田舎道を進んで山を越え、ホテルに着いた。周囲は特色のない田舎町であり、ホテルの外に出かける要素は無い。セキュリティー面からもホテルは周囲から隔離されており、ホテルの中だけは別世界のシンガポールのようだ。英語も通じるし、クレジットカード決済もできるし、ビールも飲めるが、物価も高めである。好事魔多し。

そのままでは飽きてしまうので、散歩にでかけた。Google Mapによると、10分くらい歩くとスーパーがあるらしい。ちょっと地元の文化に触れてみたい。

うだるような午後の暑さの中を歩いて着いた先は、僕のスーパーの定義を覆すようなスーパーだった。これがインドネシア基準なのか。スーパーというよりも、上半身裸のオッサンが惰性で営業している、田舎の小さい商店である。地味すぎて買うものがないし、特徴がなさすぎて写真も撮れない。これがインドネシアの普通の田舎なのだろう。更に15分くらい歩くと、ショッピングモールと称するものがあるらしいが、想像しただけで挫折してしまった。

スーパーへの路上には物売りオバチャンがいた。スクーターで通りかかる地元の人を相手に、ビニール袋に入った食品のようなものを売っている。行きは無視したのだが、帰りはNo moneyといって、売り物を渡そうとするオババである。つられて手に取ると豹変する手口だろう。バリ島のビーチにいるらしい有象無象と大差ない。バリ島とビンタン島における有象無象の差は、カモになる観光客の数の差でしかないのだろう。

結局、ホテルの外に出ても大して見るべきものはなく、有象無象にカモにされかかっただけだった。それならばホテルに籠ったまま、海でも眺めながらビールを飲んでいれば良かった。

ビンタン島もフェリー乗り場やホテルの外に出ると、そこはテーマパーク化されていない、本物のインドネシアだった。やっぱり僕には本場のインドネシアは敷居が高そうだ。