ぐあなふぁとのおもいで

僕がロサンゼルスに住んでいた時、メキシカンから同胞と思われたことが多く、メキシコは第二の故郷だと思っている。今年のゴールデンウィークは、久々に里帰りを計画した。

このブログは概ね旅行先の天候に関する愚痴に終始しているが、今回それはない。なにせサボテンが似合う国の乾季であり、何の心配もなく、実際に毎日ほぼ快晴だったのだ。

メキシコが第二の故郷といっても、外見上の違和感が少ないだけで、メキシコ文化に関する造詣があるわけではない。そもそもスペイン語は早々に挫折したので、言葉の問題もある。しかもメキシコでは治安問題を避けて通れない。天候よりも、むしろ身の安全を心配すべきであり、久方ぶりの帰郷なので、治安の良さそうな観光地を選ぶことにした。以前にも訪問したことがある、グアナファトである。

以前はANAロサンゼルス線の深夜便を使いこなしてメキシコに行っていたが、今回はロサンゼルスで接続の良いフライトを見付けられなかったので、やむをえず昼間に東京を発着するフライトを選択することにした。JALがテキサス州ダラスに最新のA350-1000を就航させているので、往復ともにダラスでアメリカン航空乗継に決定。ゴールデンウィークなので航空料金は高いが、微妙に日程をずらすことで調整できた。

グアナファトは相変わらず美しい街だった。「宝石をちりばめたような」という表現が似合う旧市街が広がっている。それなりの注意を払っていれば、治安上の問題は少ない。ゆっくりと路地裏散歩を楽しめた。

無難に街歩きを楽しんでいたが、3日目に試練が訪れた。

テキーラはハリスコ州のものと思われがちだが、グアナファト州にも正式にテキーラを名乗れる蒸留所がある。そのテキーラ蒸溜所へ行きたかったので、ホテルにタクシー手配できるか聞いてみた。Uberより少し高いが、帰りのタクシーを見付けられるような場所ではないので、そのまま往復を依頼した。ところが蒸溜所に着いてみると、待機料がかかるらしい。待機だけで片道相当の時間なので、結局のところ相当な出費になってしまった。

気を取り直して、夕食を食べに行った。ホテルはグアナファト旧市街を見下ろす丘の上にあるが、夕食後には丘を登るケーブルカーの運行が終わっていた。21時半が最終だと聞いていたのだが、日曜は早仕舞いらしい。しょうがないので街に戻り、Uberを呼んでホテルに戻った。交通関係で予想しない事態が発生する日である。

これで終わりではなかった。

シャワーを浴びようと思いながらウトウトしていたところ、JALからメールが届いた。ダラス周辺の荒天により、日本への帰国便が10時間半遅延、羽田着が午前1時頃とのことである。既に深夜であり、この時間から出来ることは少ない。シャワーへ行く気力は無くなり、まずは寝ることにした。

とりあえず寝たところで、何も解決しない。しょうがないので、翌朝、寝ぼけたままアメリカのJALに電話した。元々はグアナファト=レオン空港を午前5時頃に出るフライトを予約していたのだが、このままだとダラスでの接続待ちが12時間以上になって、あまりにも過酷すぎる。15:50発のアメリカン航空があり、2時間半ほどでJAL便に接続するので、振替を依頼した。

冷静に考えれば当然なのだが、その後、アメリカン航空から遅延の可能性があるので無料変更受付中とのメールが来た。ここに至って真面目に調べたところ、ダラス地域に落雷と洪水の警報が出ていた。

アメリカン航空は、サイト上の運航状況から使用機材の前フライトを追える。グアナファト=レオン空港15:50発の飛行機は、ダラス発着のアメリカ国内線を1往復こなしてから、メキシコに飛んでくるらしい。悪天候のダラス空港で3回の離発着は遅延のリスクが高い。その一本前が10:45発のフライトで、このフライトだと定刻で7時間半ほどの接続なのだが、飛行機はワシントンDCからダラスに片道の国内線を飛んだ後でのメキシコ便なので、遅延のリスクは下がるし、接続時間にも十分な余裕がある。

しばらく考慮し、深夜に東京のJALに連絡。時間はかかるが、メッセージアプリでコミュニケーションをとれるのが電話代的に助かる。かなり強引に10:45発の最後の席をゲットして、なんとか片付けることができた。全て終わったのは午前2時だった。

ちょっと仮眠して、グアナファトで最後の日の出を見に出かけた。当初の午前5時発のフライトだったら、見られなかった光景である。ラッキーなことに、滞在中で最も美しい朝焼けを楽しむことができた。

Uberでグアナファト=レオン空港へ向かい、アメリカン航空にチェックインした。結局、約2時間遅れでダラスに到着。15:50発のフライトも大幅に遅延しており、ダラスでは国際線の乗り継ぎでもアメリカ入国する必要があるので、完全に乗り遅れていただろう。

さてはさりとて5時間半待ちである。かなりスムーズに入国できたので、時間的には街へ出る余裕があった。晴れていれば近隣のフォートワースに行ってみたかったが、飛行機を遅らせる程の洪水警報が出る雷雨であり、空港内に留まるべきだろう。約30年ぶりのテキサス州なので、テキサスバーベキュー店に行こうと思ったが、空港価格とインフレと円安のトリプルパンチのため挫折。せっかくのアメリカ滞在なので、アメリカン航空ラウンジでバーボンのハイボールを作り、飛行機を見ながら仕事をして時間を潰していた。

予定通りに遅延したJALは、ある意味で定刻の午前1時すぎ羽田空港に到着。羽田空港から横浜までタクシーで戻ったが、1万円まではJALの補償で、差額の自己負担分は普通に帰るのと大差ない金額である。しかも旅行保険で2万4千円ほど見舞金という名の副収入があった。ダラス空港での待ち時間に仕事のメールは片付けていたし、帰宅した当日は在宅勤務にしておいたので、実害は全くない。見られなかったはずの朝焼けも見られたし、むしろ棚ボダだろう。

普段は「コップに水が半分しかない」と考えがちな僕ではあるが、今回の旅の終わりには「コップに水が半分もある」と思えた。やはりメキシコは僕の第二の故郷である。

旅のしおり:四川省

記載の時刻等は訪問時のダイヤです。

1日目

成都東 0645 (中国国鉄C5782) > 黄龍九寨 0824
黄龍九寨駅 0900 (乗り合いバン) > 九寨溝 1100

・九寨溝

宿泊:Steigenberger Jiuzhai Valley 2泊

1日目 Tips
・中国国鉄チケットはTrip.comという中国系の旅行サイトで予約したが、指定券チケット争奪が難しい。仕事絡みで移動した、四川省の二大都市を結ぶ成都〜重慶も、特定の列車は絶望的なほど取りにくかったが、乗ってみるとガラガラだったり。
・九寨溝の入場チケットはTrip.comでは不可能なようで、中国の銀行口座を持っている友人に頼んで代理で予約してもらった。
・鉄道も観光地入場券も実名制なので、予約時も入場時も、パスポートが必要。
・黄龍九寨駅から九寨溝までの移動もTrip.comで予約。ホテル送迎をしてくれるミニバンにしたが、予約確認書に記載の集合場所でドライバーを見付けられず焦る。写真とWeChatの自動翻訳を活用して、ドライバーの方から探しに来てもらった。デジタルなアナログである。
• 九寨溝の入口はIT化されていて中国政府が言うところの文明的だが、バス乗り場は古き中国大陸的な弱肉強食の世界だった。

2日目

・九寨溝

3日目

九寨溝 (乗り合いバン) > 黄龍

・黄龍

黄龍 (乗り合いバン) > 黄龍九寨駅
黄龍九寨 1812 (中国国鉄C5798) > 成都東 2039

3日目 Tips
• 乗合バンの遅延に備えて遅めの列車を取っておいたのだが、2本前の列車に余裕で間に合うことが判明。Trip.comで確認したところ、1等車に1席だけ空席があったので変更。キャンセル料は諦めるとしても、チケットは最後まで諦めない事が肝心の模様。

こうりゅうのおもいで

九寨溝2日目は夕方から本格的な雨になった。その翌日は雨のち曇りの予報だが、夕方までには成都に向けて出発しなくてはならない。

45kmくらい歩けば、九寨溝は一通り見たと言い張れるだろう。中国に銀行口座を持っている友人に3日目の九寨溝チケットを取ってもらっていたが、これは放棄することにした。

高速鉄道を利用した際の九寨溝へのゲートウェイは黄龍九寨駅になるが、この駅名前半の「黄龍」も世界自然遺産である。九寨溝から黄龍を経由して黄龍九寨駅に向かうシャトルサービスをギリギリで申し込み、東京在住の友人に四川省から泣きを入れて、黄龍の入場チケットをオンラインで取ってもらった。

黄龍は池の絶景だが、地層の違いのせいか、九寨溝とは水の色が異なるようだ。そして地形的に傾斜がきつい。その傾斜のおかげで、写真的には空を入れずに済ませることができるので、雨さえ降らなければ問題ない。と思う。

九寨溝は標高1800m~3000m程度で、全体的に初春の雰囲気だったが、黄龍は標高3100m~3500mとなり、未だ冬の風景である。行きはロープウェイで昇り、帰りは徒歩で降りるルートを選択した。

ロープウェイを降りて、最奥部の五彩池まで3km程あるのだが、既に九寨溝で飽きるほど歩いているので、追加料金を払って電気バスでショートカットした。それでも多少は歩く必要があるのだが、五彩池まで登って行くと雪景色の中にエメラルドグリーンの池が広がっていた。絶景である。

大多数の観光客は帰路もロープウェイを利用しているようだったが、僕には撮影という使命があるので、予定通り徒歩で下山することにした。そのまま歩みを進めていると、遠回しに「この時期は水量が少ないからガッカリするなよ」という掲示板があった。

先程の五彩池には十分と思われる水量があり、かなり満足できていた。あれで不満を抱くとしたら、ピーク時どれだけの水量があるのだろうか。

意味が分からないまま森を抜け、次の池を見下ろすポイントに着いた。そこは衝撃的な光景だった。

まったく水がないのである。厳密には、水たまり程度の場所は所々ある。そして残雪に覆われている場所も少なからずある。どちらにしても白か黄土色であり、エメラルドグリーンからは程遠い。

先程の掲示板が頭をよぎった。中国語だと温馨提示だが、寒空の元、あまり温かみを感じなかった掲示内容である。「この時期は」ということは、やはり「別の時期」には水量が十分にあるのだろう。黄龍について調べた時に見た写真にも、エメラルドグリーンの池が数多くあった。よくよく思い出してみると、前夜に泣きを入れて取ってもらったチケットはローシーズン料金だった。黄龍は九寨溝と比べてガラガラで、事前にチケットを取る必要がない位だったし。

結局のところ、あまり意味なく10km以上を歩いたのだが、ついに僕は気付いてしまった。理科系の知識が欠落している僕でも、水量が少ないのは雪が溶けていないからだと理解できる。そして標高が低い方が気温が高く、融雪が早いのも分かる。さらに水が山から海へ、言い換えれば標高が高い方から低い方へと流れるのも僕は知っている。

ここに矛盾がある。ちなみに中国語でも矛盾と書くらしい。例の、最強の矛と最強の盾を売る、武器商人の中国故事である。

標高3500m、黄龍最深部の五彩池がエメラルドグリーンの水を湛えているのにも関わらず、それより標高の低い池が渇水状態なのは自然の摂理に反するのではないだろうか。一方、黄龍は世界自然遺産なので、自然には何も手を加えられていない前提に立つべきだろう。

まさに矛と盾である。いまやロールプレイングゲームの時代であり、ラスボスのいる峻険で標高の高い山中にある城の手前に、どんな盾も突き通す矛と、どんな矛も防ぐ盾を同時に売る武器商店があるのだろう。そして、その城の裏庭にはロープウェイと電気バスがあるに違いない。