以前に国東半島へ行った以外、九州東部~南部を訪問する機会はなかったが、高千穂と霧島には行ってみたいと思っていた。一方で国東を訪問した時に大分県の臼杵へ石仏を見に行ったのだが、臼杵の城下町には行かずに終わっていた。友人が臼杵の会社と取引があり、なかなか良い街とのこと。宿も含めて紹介してもらったので、行ってみることにした。こうなると霧島では遠いので、高千穂を訪問することにした。。
東京から高千穂までのアクセスは意外に厳しい。調べてみると、宮崎空港か熊本空港がゲートウィーになりそうだった。高千穂は宮崎県にあるので宮崎空港が良いかと思ったが、JRで延岡まで行ってから路線バスに乗る必要がある。一方で熊本空港からは一日一往復ながら直通バスがあった。不眠にも関わらず、旅行の時だけは早朝でも起きられるので、朝一の飛行機で熊本へ向かった。
飛行機内とバス車内で爆睡したのち、昼くらいには高千穂に着いた。3月後半だったが、前日まで寒波であり、標高が高いせいもあって寒い。ホテルに荷物を預け、神社への参拝を開始した。
高千穂は神社が多い街ではあるが、いまいち名前が読めない。今更ながら自分の教養のなさに驚くが、ここに至っては遅すぎる。神社には由緒というか、神話の説明板があるが、いまいち理解を越えている。今更ながら自分の教養のなさに驚くが、ここに至っては遅すぎる。それでも地図は読めるので、観光と撮影には支障がない。それだけが救いだった。
一旦チェックインをしにホテルへ戻り、夕刻を見計らって高千穂峡を見に行った。ボート営業が終わった後で、人も少なく、神秘的だった。
峡谷とは深い谷である。ホテルから高千穂峡まで、地図で見ると近いのだが、高低差が凄まじい。Google Mapを見られるだけでは、地図を読めるとは言えないようだ。ここに至っては遅すぎであり、帰路の上り坂が過酷すぎた。
もう救いはないのだろうか。
翌朝はボートの予約をしていた。再び峡谷を下り、改めて高千穂峡の撮影をしてからボートに乗った。前回、ボートを漕いだのは何時だったのか、想像もつかない。もっとも高千穂峡でボートを漕いでいる人々は似たようなものだったので、なんとかなった。多少、救いが見えてきた気がした。
さすがに再び上り坂を徒歩で戻る気力はなく、タクシーを依頼して岩戸神社へ向かった。これだと地元バスの待ち時間も回避できる。
岩戸神社は天安河原が有名である。本来ならば神社に参拝してから撮影に向かうのが筋だろうが、混みはじめる前にと思って天安河原へ直行した。もう既に混んでおり、一瞬だけ人が途切れたが、そこまで良いタイミングはなかった。やはり救いも多少と言ったところだろうか。
高千穂滞在の最終日、朝7時前に起きてタクシーを依頼し、改めて天安河原へ行った。早朝なら空いているだろうとの判断である。土曜日の朝だったが、訪れる人は数名ほどで、じっくり撮影できた。
最後に救いがあった。