ぐあなふぁとしゅうのおもいで

酒好きのオッサンなので、旅に出ると、その土地の蒸留所を訪ねる事が多い。

メキシコといえばテキーラである。

テキーラと名乗るには原産地や原材料、製法などの制約がある。中心となる産地はハリスコ州のテキーラ村。このテキーラ村に昔から行ってみたかったのだ。テキーラ村に数泊して、気の向くまま蒸留所を訪ねてみたい。

犯罪小説の読みすぎかもしれないが、メキシコというと、血も涙もない麻薬組織、腐敗した地元警察である。実際、治安状況は悪く、場所によっては日本の外務省の基準でレベル2の警報が出ている。観光地を訪れる日本人旅行者は基本的に問題ないような書き方になっているが、メキシカンぽく見える日本人は大丈夫なのだろうか。

元上司がメキシコ駐在員だったので聞いてみたところ、安全には留意しすぎることはないとのこと。別の人に紹介してもらったメキシコ在住の人には、普通のツアーなら問題ないが、気の向くままの旅は止めろと言われた。両名共通のアドバイスとして、陸路での長距離移動は避けた方がいいとのことだった。

そしてテキーラ蒸留所めぐりは数年前に挫折した。

今回、ピンポイントでのグアナファト行きを決意した後で調べてみると、グアナファト州にもテキーラの蒸留所があった。グアナファト州の治安は全体的に悪くないようである。色々と調べてみると、タクシーを1日チャーターするのがいいらしい。

ホテルに着いた当日、フロントの兄ちゃんにタクシー会社へ電話してもらう。タクシーを半日チャーターして1700ペソ。まったく相場が分からないし、フロント兄ちゃんに値切ってもらうべきなのかも分からない。言われるがままである。それでも旅行代理店に車を頼むよりは安そうだ。

最終日にホテルをチェックアウトしていると、タクシーのオッサンがやってきた。安いだけあって、メキシカンが普通に乗っているボロいタクシーである。ニッサンの古いマニュアル車。旅行代理店で手配してくれるような車のフカフカな座席には程遠いし、冬なのに日中は暑いがクーラーはない。

そんな車でグアナファトの街を出た。途中までは幹線道路を走るが、途中で脇道に入る。周囲は砂漠と農園しかない。このまま誘拐されても、脅迫状が届くまで誰にも気付かれないだろう。

借り切り料金なのでボラられる心配はないが、車中、事前にプリントアウトしておいたGoogle Mapでルートを確認する。「道は分かっているので、変な所に行くなよ」という小心オッサンのアピールである。頼むから誘拐しないで。

途中で雲行きが怪しくなった。

タクシーのオッサン自身が道をなんとなくしか分かっておらず、本気で道に迷ったのだ。

普通、見知らぬ土地で運転手が道に迷うと不安な気持ちになるはずであるが、今回の僕は安心した。道に迷って焦っているオッサンには、外国人を誘拐するような裏のネットワークはないはずである。

冬なのに暑いクーラーなしのボロいニッサンではあったが、僕はロールスロイスに乗った王様のようにリラックスした気分で車中を過ごした。

ぐあなふぁとのおもいで

中南米へ旅に出るのは敷居が高い。

たとえば、治安の問題。スリ程度では済まないような事態に巻き込まれるリスクが高い、ということがある。

しかし、それ以前の問題として、遠い。アメリカ西海岸まで10時間、そこから更に国際線のフライトである。アメリカの場合は国際線~国際線の乗り継ぎでも入国させられるので時間が無駄になるし、そもそも入国時にテロリストか不法移民の候補扱いされるのもイヤだ。それに、どうもアメリカからの帰りのフライトで時差ボケになりやすい。

遠さという側面で言えば、苦手意識は2度のキューバ行きで慣れてきた。そして、いまやESTAによって僕の個人情報は連邦政府に登録されているので、とりあえず無難なオッサンとしてアメリカ入国できる。オッサンになって鈍感になったせいか、時差ボケも最近は経験しない。

ところで、ネットを見ていたところ、美しい街がメキシコにあった。グアナファトである。夕暮れの街が素晴らしい。

過去、何度かメキシコ行きを諦めていたのだが、アメリカ経由の苦手意識を克服できたことでもあるし、やっぱりメキシコに行ってみようか。調べたところ、グアナファトは観光地であり、治安の問題は少ない。この街へ行くだけなら問題ないようだ。

行くと決めれば大して悩む必要はない。最初にグアナファトの写真を見たときに調べたところ、街を見下ろす丘の上に小さいホテルがあった。ここに泊まりたい。

ホテルはネットの予約サイトで取った。部屋数が少ないホテルなので、日程がタイトな場合には早めにホテルをおさえる必要がある。

若いうちなら早朝の到着でも何ということもないが、もうオッサンであり、長旅の後の早朝には、とりあえず部屋は欲しい。幸いホテル代が高いわけではないので、1泊余分に払ってレイトチェックインしようと思った。

未到着で部屋をキャンセルされても困るので、早朝に着く旨をホテルにメールした。が、その返事が来ない。英語で2度メールしても一向に返事が来ず、FAXを送ると不着になる。

そこそこ旅慣れている方だとは思うが、ここまでホテルと連絡がつかないのは珍しい。

最後の手段でGoogle翻訳を使ってスペイン語のメールを送ったところ、やっと数週間後に返事がきた。それに勢いづいて、空港からホテルまでの送迎などの手配を聞いてみたが、再び沈黙の世界。

とりあえず空港のタクシーは問題なさそうだったので、諦めて旅に出た。ホテルまでは辿りつけるとして、本当に予約した部屋はあるのか?

早朝のグアナファトに着くと、はたして部屋はあった。高級ホテルというわけではないのだが、実際、快適で良いホテルだった。フロントの兄ちゃんたちも親切である。メールの返事が来ないのは、それがメキシコだからなのだろう。

丸4日間の滞在で問題は一つだけ。妙に部屋が寒い。メキシコには常夏なイメージがあり、1月でも日中は20度を超える。しかし、夜は寒い。最低気温は5度くらいまで下がる。そんな場所なのに空調設備が全くないコンクリートの建物だった。しかもホテルは南西の斜面に建っており、建物に日の当たる時間は限りなく短い。結果的に、外気温に関わらずホテルの中は冷え冷えとしており、それでも夕方くらいまではビールを飲む気になれるが、夜は毛布にくるまって寝ているしかない。

それ以外は問題なく過ごしたが、チェックアウト時に問題発生。ホテル予約サイトで前払いをしていたのだが、フロントのおねいさん曰く、ホテルと予約サイトの間に前払い契約はないとのこと。念のために予約サイトから貰った領収書のコピーを持って行ったが、そんなものは通用しない。前払い契約がないのが前提であれば、前払い領収書と称するものを信用するわけがないからである。

念には念を入れてみたつもりだったが、ツメが甘かった。そもそもメールの返信が来ないホテルに前払いをした段階で、こんな状況は想像がついたはずである。

日本に戻り、ホテルでの支払い時にもらった領収書を添付して予約サイトに返金を求めた。予約サイト曰く、ホテルと連絡が取れないとのこと。その状況も想像がつく。

ほぼ1カ月後、ようやくホテルと連絡がついたので返金すると返事が来た。

めきしこのおもいで

年末年始は仕事になるケースが多い。妻子がいるわけではなく、駅伝を見るわけでもないので、年末年始の仕事は全く苦にならない。電車はすいているし、電話もかかってこないので、むしろ正月は仕事が望ましい。

そして代休を1月中旬~下旬に取る。今年は代休が3日あった。土日と組み合わせれば5日になる。

航空券が安い時期である。5日もあるなら、どこかに行くべきではないだろうか。

冬の旅行は難しい。マッターホルンを見に行くとか、冬であることにメリットを見いだせられる場所でない限り、せっかくの休みなのに寒くて暗い場所に行くだけになってしまう。

それならば夏には行きたくないような場所に行ってみようと思った。

夏が過酷な場所と言えば、キューバだった。乗り継ぎ地の制限もあり、フライト自体も少ないので、さすがに5日でキューバは厳しい。

しかし常夏の中米は、冬の旅行先として悪くなさそうだ。

中米と言えば、メキシコ。ぼくの第二の故郷である。アメリカ経由ならフライトも多い。夏は暑くて過酷であり、しかも夏は雨季にあたるらしい。メキシコならば冬の旅行先のメリットは大きそうだ。

以前にも書いたが、短期間で旅に出る秘訣は、普通に1日を会社で過ごした後、羽田発の深夜便を使いこなすことである。

木曜日23時に羽田を出るANAに乗ると、ロサンゼルス経由でメキシコ着が金曜日の午前6時半。

なんとかなるのではないか。

ヨーロッパへ行く時に愛用しているエールフランスも、羽田が深夜発、パリには翌日朝に着いている。同じではないだろうか。

実際のところ同じではなかった。

地球のまわり方に対して、ロサンゼルス行きとパリ行きでは飛行機の飛ぶ方向が異なっていたせいである。羽田を深夜に出て現地に翌朝に着くと言っても、フランスまでは機内1泊だったが、メキシコまでは2泊なのである。羽田からロサンゼルスまでがANAの深夜便、ロサンゼルスで9時間ほど乗り継ぎ待ちをして、次はユナイテッド航空の深夜便。

なんとかならないのではないか。

2晩をナナメな状態で過ごし、メキシコの地にヨロヨロと降り立った。睡眠不足だし、全身がコチコチになっている。しかも、夏の暑さを避けて来た場所なのだが、朝のメキシコは寒い。常夏の国ではないのだろうか。防寒具はおいてきてしまったが、どうすればいいのだろう。ところで木曜の朝に自宅を出てから、何時間たっているのだろうか。

何も考えたくない。

無事にメキシコ入国を果たし、ATMで現金を手に入れ、空港の窓口でタクシーチケットを購入。あとはタクシーに乗ってホテルに向かうだけだった筈だが、購入したタクシーチケットの行き先とホテルの場所が合わないらしく、ドライバーのオッサンにスペイン語でアレコレ言われる。窓口でホテルの予約書を見せたのに。金も払ったぞ。こちらは思考力もスペイン語力もないオッサンである。なんでもいいからホテルに連れて行って。

梃子でも動かない不動の姿勢を取っていると、ドライバーオッサンは諦めてタクシー窓口へ相談に行った。車には鍵をかけている。車が心配なのではなくて、僕が強盗にあわないように配慮しているのだろう。このまま立て籠もってやる。

15分ほど放置された後、オッサンは戻ってきた。万事OKとのことである。事前の情報からすると料金を少し多めに払っているようなのだが、たぶん違う街までの料金を取られたのだろう。さすがに返金はされない。

夜明けのハイウェーを疾走すること約30分、ようやくホテルにたどり着いた。長い道のりだった。

人生なんとかなるものである。