しょうこうのおもいで

紹興といえば紹興酒である。僕の旅行では可能な限り酒造メーカーの見学に行くことにしていて、紹興では紹興酒の蔵元に行ってみたかった。

しかし、これが難関だった。日本の輸入元数社から現地の人まで色々なチャンネルで探してみたが、あえなく挫折した。

中国の伝統的な米由来の醸造酒は黄酒と呼ばれる。紹興で作られる黄酒が紹興酒である。つまり原産地呼称の一種だろう。紹興には黄酒博物館があるので、そこに行くことにした。

博物館は文字通りの博物館で、酒造の歴史、飲酒に関わる文化など、どうしても文化的な展示が多い。飽きさせない工夫だろうか、通路の脇には千鳥足体験コーナーが設置されていたりもする。僕の場合、残念ながら文化に造詣が深いとは言えない。一方、千鳥足には造詣が深いが、あまりにも日常的すぎるせいか、敢えて追体験する気にはならなかった。結局、いずれも興味があるようなマネのフリで通過。

博物館の中庭には紹興酒工房があって、生産過程を見られるようになっていた。小規模な地ビール醸造所程度の工房である。残念ながら作業中ではなく、オッサン2人が手作り紹興酒を売っていた。それもペットボトル入りである。たしかに酒造現場なので興味深いが、興奮する程ではなかった。ウィスキー好きなせいか、蒸留釜か樽を見ないと興奮できないオッサンなのかもしれない。

僕にとって博物館のハイライトは地下だった。基本的にネクラな男なので、僕には地下が似合う。博物館は古越龍山という紹興酒メーカーの隣に建てられていて、地下スペースは古越龍山の熟成庫を兼ねているようだった。そこには樽はなかったが、甕があった。熟成は酒造の神秘である。オッサンは甕でも興奮できた。

博物館の最後には試飲コーナーがあって、製法などによって味の異なる4種類の紹興酒を飲み分けられる。そんな違いは考えたこともなかった。なんとなくシェリー酒に通じる。

もっとも、一番おいしかった黄酒は自家製だった。紹興を案内してくれた人に飲ませてもらったのだ。2~3年程度の熟成期間とのことだったが、まろやかな甘みと芳醇な香りが素晴らしい。

黄酒には紹興以外の産地もあるので、産地による味の違いなど、まだまだ奥が深そうだ。中華料理にあわせて、黄酒のマリアージュを考えてみたら面白そうである。

ただし黄酒はカロリーが高い。一般的な数値を調べたところ、黄酒のカロリーは127kal/100gで、日本酒の104kal/100gから約2.5割増である。黄酒も日本酒もアルコール度数は同程度なので、飲酒量が大差ないとすると、結果的に黄酒のほうがカロリー摂取量が多くなってしまう。しかも中華料理は油を多く使うので、デブなオッサンには悩ましいマリアージュになってしまいそうだ。

ところで紹興では四川料理店に行った。ランチに火鍋店に連れて行ってもらったのだ。

四川料理は失敗の前歴がある。昔、香港のマンションにある四川料理の私菜房に行ったところ、辛みによる刺激に負けて胃腸が大事件になった。あのときは帰国後に同行者がノロウィルスに感染していると診断されたので、全てを四川料理のせいにするわけにはいかないのだが。

紹興では自制したにも関わらず、今回も翌朝にはピーピー系オッサンになってしまった。しかも、朝食には刺激の少なそうな香港系ファミレスに連れて行ってもらったものの、大人しく点心を食べることはせず、ついつい香港式ピーナツトースト香港式アイスミルクティーを頼んでしまい、状況を悪化させてしまった。結果的に食事と水分摂取を半日ほど中断せざるを得なかった。

しかし、これを前向きに考えれば、強制ダイエットによるリセットではないだろうか。甘くてカロリーが高い黄酒とのマリアージュには、辛い四川料理が色々な意味で良さそうである。

せっこうしょうのおもいで

中国には仕事で行く機会があるだろうと思っていたが、結局そんなことはなく、今回が初めての訪中だった。僕の場合、必要に迫られない限り物事を学ぶことをしないので、中国関係の知識は乏しいままオッサンになってしまった。

上海旅行で行きたかったのは、実は上海そのものではなくて、近郊の水郷地帯である。水郷地帯の古い街並み (古鎮) を見に行きたかった。実際の手配は同行者に任せるにしても、付け焼刃の知識でも無いよりはマシだと思い、地図を見るところからスタートした。

上海に近い古鎮は混みそうなので避けるとすると、行き先は蘇州か杭州になるだろうか。この2市の位置関係までが僕の知識の限界だった。蘇州は江蘇省、杭州は浙江省とのことである。

さらに地図を見ていると、浙江省に紹興という街があった。紹興酒の紹興である。紹興も水郷地帯の古い町だ。古い街並みが残っているし、古い庭園などもあるらしい。最初は杭州に行くアイデアになっていたが、ちょっと足をのばして紹興に行ってもらうことにした。

紹興は作家の魯迅の街でもある。魯迅の旧家や、魯迅が通っていた私塾が保存されており、魯迅記念館もある。

魯迅の本は中学校で読んだ。その時に読書感想文を書かされたが何も思いつかず、苦し紛れに中国共産党のプロパガンダだと書いたところ、ひどく怒られた。それ以来、中国、ロシアあたり出身の近現代作家はトラウマになっている。

そんなわけで紹興が魯迅の街といっても、興味あるような、ないような。たしかに古い建物は興味深い。一方で文学関係は苦手なままである。魯迅の旧家である豪邸などには日本語か英語の説明文があり、文学色の強い記念館には基本的に中国語の説明文しかない。僕にはちょうどいい塩梅である。

それでもオッサンになって分かったことがある。魯迅は1936年に亡くなっており、中国共産党がプロパガンダとして作品を書かせたと言うには無理があったのだ。とは言うものの、巨大な記念館が建てられるくらいなので、初期の中国共産党に影響を与えた作家だったのだろう。目の付けどころとしては悪くなかったと思う。簡単なリサーチと理論構成を行っておけば多少はマシな作文になり、国語教師に怒られることもなかったと思いたい。

オッサンになって紹興へ行き、25年前の自分のダメさに思いを致し、浅墓な結論に救いを求める。

昔から自分自身のスタンスとしては大した変化はないように思われる。ブレない男と言えば聞こえはいいが、結局のところ、付け焼き刃の知識で誤魔化そうとしている小物である。

ダメ中学生のまま、ダメオッサンになってしまった。いまさら気付いても手遅れではないだろうか。もっと早く中国に行くべきだった。

しゃんはいのおもいで

人間には多かれ少なかれ欠点があるものだが、僕は全体的にダメオッサンである。性格的な側面からすると、甲斐性と社交性がない。物質的な側面からは貯金がない。肉体的にはデブだし、歯並びも悪い。もちろん可愛くもない。これらと折り合いをつけながら毎日を過ごしている。

ところで上海で旬の上海蟹を食べるのが、今回の中国行きのテーマだった。シンガポールを除くと、前回、中国語圏に行ってから既に3年位のブランクがある。最近は中華料理と言えば中華街近くの広東料理店が関の山だ。横浜中華街と上海、広東料理と上海料理。似ているようで随分な違いである。

上海初日は蟹料理専門店に行った。まずは部位別に調理された蟹料理が何皿か出てくる。うまい。蟹料理を食べながら地元の酒を飲んでいると、最後に上海蟹が丸ごと1匹出てきたが、どうやって食べればいいか想像もつかない。

そもそも上海蟹は小ぶりである。しかも食事に際して、蟹用のハサミや、柄の長いスプーンのような器具は提供されない。酔った勢いで上海まで蟹を食べに来てしまったが、よくよく考えると、日本で蟹鍋を食べるのも面倒くさくて、途中で飽きてしまうオッサンなのだ。道具があってもダメなのに、道具すら貸してもらえないとは。

どうすればいいか困ってしまったが、蟹料理専門店には手際のいいウエイターがいた。彼らの手にかかると、上海蟹はひとたまりもなく解体されてしまう。酒を飲みながら待っていると、蟹はきれいに解体されてきた。あとは食べるだけである。助かった。

上海最終日には一般家庭にお邪魔した。普通の家で上海の家庭料理を食べる。ここでも蟹が出てきた。しかも豪気にオスとメス各1匹である。

一般家庭は文字通り普通の家であり、普通の家に手際のいいウエイターはいない。シンプルに茹でられた上海蟹と、黒酢ベースの調味料が少々。ドカンと出されて終わりである。

どうすればいいのだろう。細い足を取り外すくらいはできるが、その足から身を抜いて食べるところは難しい。本体にいたっては、どこから手をつけて良いか分からない。僕自身が不器用なうえ、蟹の構造が分かっていないのだ。勝ち目がないまま悪戦苦闘し、上海蟹の足を解体し続けていたが、蟹自体はほとんど食べていない。

一般家庭は文字通り普通の家であり、そこには上海人が住んでいる。

あまりのダメぶりを見かねて、キッチンの奥から蟹用ハサミを探してきてくれた。普段は使っていないようだが、とりあえず持っていたらしい。僕のマンションにも使わないのに包丁があったが、似たようなものだろうか。しかし残念ながら蟹用ハサミの有無は大して関係なかった。解体が少し楽になった程度であり、いずれにしても僕の不器用さは上海蟹の小ささに対応できていない。

そして上海人に呆れられていた。この街の良識ある成人は蟹くらい綺麗に食べられるのだろう。ちょっと落ち込みながら考えると、日本では焼魚の食べ方で品格が分かるといわれるが、そういえば僕は焼魚も満足に食べられないのだった。

中国まで行って、上海で自分の更なる欠点に気付かされた。大人の嗜みも品格もない中年男である。つまり器の小さなオッサンということだろう。

いままでの欠点の認識は、歯並び、デブといった外観上の欠点のほか、貯金、甲斐性、社交性程度だった。ある意味で小規模な欠陥の羅列である。上海で気付いたのは、嗜み、品格、器の小ささなど、かなり大規模な欠陥だ。自分自身の中で「欠点は多いが全体的には大して悪くない」ことに救いを見出していたつもりだったが、いまや希望は打ち砕かれた。

上海で僕は蟹を満足に解体できず、むしろ蟹のせいで自分自身に対する僅かな希望が解体されてしまった。横浜で広東料理を食べていれば、こんなことにはならなかった筈である。

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