あきたないりくせんのおもいで

秋田内陸線というローカル線がある。正式には、秋田内陸縦貫鉄道。渋い名前の鉄道会社である。

この路線に「阿仁マタギ」という、ちょっとすごい名前の駅がある。そこに打当温泉という温泉があって、行ってみたかったのだ。

秋田県の大館というだけでマイナーな地方都市だと思うのだが、その大館から数駅ほど西に進んだ、鷹巣という駅からの出発である。出発駅はマイナー過ぎるし、マタギと付く駅名もあるくらいなので、どんな山奥を走る路線なのかと思っていた。

列車は途中まで阿仁川に沿って走った。意外に谷は深くない、なんとも穏やかな風景である。

僕が乗った普通列車は途中の阿仁合という駅で乗り継ぎになった。ここからが本格的な山岳風景になるようだ。阿仁合駅を出て少し先の鉄橋上で、列車は徐行運転してくれた。かなりの絶景である。

鷹巣から1時間半ちょっとで、阿仁マタギ駅に着いた。いわゆる秘境駅の類かと思ったが、道路もあるし、それなりに平地もある。それでも十分に山奥だけど。

予約しておいた送迎車が駅前に来てくれており、それに乗って温泉へ向かった。日帰り入浴でも迎えに来てくれるのは、大変ありがたい。

日曜だったが、風呂場には地元の爺ちゃんが数人いるくらいである。のんびりと露天風呂に入っていると、徐々に天候が悪化、吹雪になってきた。風情はあるのだが、帰りが心配になり始める。

温泉入浴の後、阿仁マタギ駅から更に秋田内陸線を進み、角館まで出ることにしていた。ANAの無料航空券を取っていたので、角館駅 > 秋田駅 > 秋田空港 > 羽田空港というアホみたいなルートで東京に戻る予定にしていた。どこかで遅延が生じると秋田県内でスタックするし、翌日も荒天のようなので、この予定は挫折。角館から東京行きの秋田新幹線に乗ることにした。

温泉のロビーで送迎車を待ちつつ、JR東日本サイトから新幹線チケットを予約。運行情報を見ると、どうやら当日は運行するようだが、翌朝は早々に運休が決まっていた。こういう時は1本でも早い新幹線で帰る方がベターなのだろうが、角館で夜の武家屋敷を見に行く時間を取った。転んでもタダでは起きたくない。

送迎車で阿仁マタギ駅に戻ると、2時間ほど前に列車を降りた時とは異なる風景になっていた。角館に向けて、吹雪の夕闇をディーゼル列車が走る。こういう夜は、力強い走行音が頼もしい。

地方鉄道の経営は厳しいと思うが、なんとか走り続けてほしい路線である。

えひめのおもいで

僕の愛媛に関する知識は、夏目漱石の「坊ちゃん」くらいしかなかった。文学をたしなむ習慣はないので、国語の教材で少し読んだ程度なのだが。

旅行前に愛媛について調べてみたところ、城下町や宿場町などの古い街が意外に多いようだ。内子が有名だが、伊予大洲や卯之町にも古い街並みが残っている。ちょうど松山・宇和島間の予讃線でカバーできるので、立ち寄ってみることにした。たまたま紅葉の時期だったせいもあり、伊予大洲の臥龍山荘が予想外に良かった。

しかし愛媛といえば、一般的には古い街よりも「みかん」だろう。蛇口式みかんジュース販売が有名だったりするが、それだけではなかった。ちょっとオシャレな店に行くと、みかんの品種ごとにジュースを売り分けている。店によっては、かなり種類が多い。

これが全く分からない。

ワインだとブドウの品種などで違いが出るのだろうが、みかんジュースも同じなのだろうか。メニューには品種ごとに味の解説が付いており、甘いだとか酸っぱいだとかは分かるようになっている。しかし、ワインラベルの解説と同じく、いまいちピンと来ない。僕はボンクラなのだろうか。

今まで僕は40年以上にわたり、みかんはみかん、として生きてきた。みかんもミカンも蜜柑も同じである。それが今になって、みかんの種類が違うと言われても困ってしまう。しかも品種によって値段が違うのである。

よくよく考えると、鯛めしも「宇和島方式」と「松山方式」の二種類あるし、愛媛は難しそうな場所である。

みかんジュースをモルトウイスキーだと考えれば、僕にも分かりやすいのかもしれない。モルトウイスキーは、精麦方法、蒸留器の形、蒸留回数、樽の種類、アルコール度数、熟成年数など製造工程の違いにより、異なる味の液体が生み出される。そのような品質の違いが、値段の違いでもある。

それこそが「こだわり」というやつである。語り出すとキリがないが、かなり鬱陶しい。

こだわるのはウイスキーだけにしようと思った。みかんはミカンで蜜柑が丁度いい。

それでも一度だけ、みかんにこだわってみたい。松山空港には、みかんジュース専門店がある。そこで「みきゃん」というキャラクターの付いた高級みかんジュースを買って飲んだ。ボンクラな僕は、飛行機に乗った頃には既に品種名を忘れてしまっていたのだが。

夏目漱石の名作といえば「吾輩は猫である」だが、みきゃんは犬である。愛媛と「吾輩は猫である」は関係ないらしい。

ボンクラな僕には愛媛も文学も難しい。

うわじまのおもいで

下灘駅訪問の翌日、宇和島に向かった。宇和島といえば、宇和島水産高校と鯛めしの街である。調べてみると「ほづみ亭」という老舗の大衆割烹店があるらしい。漁業の街の老舗大衆割烹店は、どう考えても失敗のない飲食店である。ほづみ亭をメインに、宇和島で一泊することにした。

ところで、鯛めしといっても、愛媛には2種類あるらしい。松山あたりの鯛めしは、焼いた鯛をコメと一緒に炊き込んだ鯛めしである。一方、宇和島あたりに行くと、生卵入りのタレに漬けた鯛の刺身を、温かい白飯にかけて食べる。

僕は最近の子供のありがちな、焼き魚が苦手なアラフォー4歳児である。小骨を取るのは面倒くさいし、魚を美しく解体して食べるには不器用すぎる。松山の鯛めしには苦手感しか抱けない。やっぱり宇和島・ほづみ亭だろう。

松山からJRに乗って、昼過ぎに宇和島に到着した。まずは昼食と土産発送依頼を兼ねて、じゃこ天屋さんを廻る。ちょっとした買い食いだが、ここで満腹になっている場合ではない。その後は古い宿場町を見に行ったり、夕暮れの宇和島港を見に行ったりして時間をつぶし、夕食の時間を迎えた。

満を持して、ほづみ亭に向かった。橋のたもとにある、ちょっと古風な居酒屋さんである。店員さんは親切で、お値段も手ごろ。素晴らしい。郷土料理と地酒を中心に色々と頼んだ。ちょっと酔っぱらい、でも満腹になる直前で、ついに鯛めしを注文。

しばらくすると鯛めしが運ばれてきた。漬け汁の中に鯛の刺身が入っている。そこに黄色い生卵。卵をかき混ぜて溶き、タレの中で刺身と絡める。おひつから御飯をよそい、汁を絡ませた刺身をのせて食べる。うまい。夢中で食べる自称4歳児。

よくよく考えてみれば、そりゃ美味しいだろうと思う。

地元でとれた新鮮な鯛の刺身と卵。ダシの効いた醤油ベースのタレ。ふっくら温かいご飯。

ほづみ亭と鯛めしは最強の組み合わせだった。愛媛が誇る失敗のない町、宇和島である。