きかんしゃのおもいで

先日、磐越西線のSLに乗った。車窓を眺めながら酒を飲み、途中駅で停車中にSLの写真を撮る。いい旅だった。

ところで、SLに乗ると、SL走行中の写真を撮れないことに気付いた。槍ヶ岳に登ると、槍ヶ岳を絡めた朝焼けの写真を撮れないのと同じ原理である。

次回は走行中のSLの写真を撮りたいと思った。

とはいえ、SL乗車中にも心配したが、SLの運行でJRが利益を出しているか心もとない。収益のない商売が続かないのが資本主義社会の定めである。

SLに乗るとSL走行中の写真は撮れないが、SLに乗らないとJRの収入にはならない。

そんな二律背反を解決すべく、行きのSLを撮影し、帰りのSLに乗ることにした。ビジネス書に出てくるような、Win-Winなソリューションである。

ジレンマが解決すると、「次回」の定義の問題になる。最初は「秋くらい」と思っていたが、そのうち「梅雨があけたら」になり、さらには「次に晴れたら」となった。アイデアは可及的速やかに実行しなければならない。ビジネス書に出てくるような驚異的なスピード感である。

成功したビジネスマンなみの解決力、スピード感。学習能力のないダメリーマンだと思っていたが、僕にでも、やればできる。

梅雨の中休み、カメラだけ持って、朝の新幹線に乗って郡山経由で会津に出かけた。高校に行っていた頃は頻繁に山の写真と鉄道の写真を撮っていたが、かれこれ20年ぶりくらいの鉄道写真である。撮影後、酒蔵見学をし、そこで酒を買い込んでSLに乗った。

車窓を眺めながら酒を飲んでいると、こういう身軽な旅行がオッサンには必要だと思った。

ところが、帰宅してPCで写真をチェックすると、あまりのダメさ加減に衝撃を受けた。かなり腕がなまっていた。20年のブランクは大きい。

過信は禁物であり、計画性が必要である。そんな警句がビジネス書に書いてなかっただろうか。

倉庫の奥から三脚を取り出し、その後、毎日のように会津地方の天気予報をチェックしていた。スピード感というよりは、せっかちなオッサンなのである。

二週間後、再び梅雨の中休みが訪れ、再び朝の新幹線で会津に向かった。結局のところ、大した用事もないのに月に二度も電車で会津に行っている。Win-Winなビジネスディールも、一方的な負けに終わってしまった。

僕にビジネスのセンスはない。僕にはダメサラリーマンが良く似合う。

きかんしゃのおもいで

新潟から会津若松まで磐越西線のSLで約4時間の旅である。勾配の加減か、帰りは約3時間半なので、2日間の往復で約7時間半の乗車ということになる。7時間半も列車に乗っていたら、大抵は飽きて寝てしまうが、乗車することがメインなので、寝ている場合ではない。

車窓を眺め、弁当を食べ、酒を飲むのが有意義な過ごし方ということになる。新潟発着の列車なので、日本酒を飲むのが更に有意義な過ごし方ということになるだろう。有意義な一日を過ごすべく、朝からワンカップの地酒を買い、列車に乗り込んだ。

汽笛が鳴り、SLは定刻に動き出した。列車が動き出すと同時にワンカップをあける。旅の始まりである。

SLはガタゴトと加速がスムーズではないし、上り坂になるとスピードが落ちる。僕は朝酒を飲みながらボケっと座っているだけだが、SLは健気に走っている。

途中、何回か整備の為に停車したので、機関車を見に行った。SLの機関士と聞くと頑固親父しか思いつかないが、今時の機関士は優男の兄ちゃんたちである。機関士のほかにも、ヘルメットの兄ちゃんたちが油をさしたり、石炭の場所を移動したりしている。SLの運転というのは手間暇のかかることである。

SLの運転も大変そうだ。人力で石炭を投げ入れ、手動で火力を調整する。トンネルでも煙がモクモクと出ているのに、窓は閉まらない。クーラーもない。過酷な職場環境である。それにも関わらず、時刻表通りに定刻で走っている。

SLの維持費だけでも高額になりそうだが、SLの運転には多くの人が関わっている。合理化という現代化の過程で、蒸気機関車は電車に代わったのである。JRの運賃体系というのは、そんな合理化の産物であるはずだが、乗車券と指定券の売上でSL運転の人件費くらいは回収できているのだろうか。

兄ちゃんたちが頑張っているのに、僕は呑気に酒を飲んで、余計な心配しているだけである。こんなことでいいのか。兄ちゃんたちとJRに感謝しなければならない。せめて車内販売の売り上げに貢献しようと思い、車内の売店に追加の日本酒を買いに行った。

普段、京浜東北線に乗っているときは忘れがちであるが、列車が正しい時間に目的地に着くという事は大変な事なのである。感謝しなければならない。京浜東北線にも車内の売店があって日本酒を売っていれば、その時は感謝の気持ちで売り上げに貢献しようと思った。もっとも、蒲田で整備の為に15分止まると聞いたら、あまり感謝の念は抱けないかもしれない。

現代の都会生活というのは世知辛いものである。

あいづのおもいで

2月末にマウイから戻った後、しばらく弱っていた。マウイロスである。不調のため、3月末の無料航空券マカオ行きを断念したものの、4月になっても芳しくない。気分転換をしようと思った。

日本人ダメオッサンの気分転換というと、なんとなく温泉に行くことになる。ここ数年は秋田の山奥にある温泉が気に入っているが、知り合いのオッサンに声をかけると、秩父あたりで妥協しようという話になった。秩父鉄道のSLに乗って、長瀞の川下りである。

しかし秩父で気分転換になるのだろうか。

長瀞の川下りといえば聞こえはいいが、実際のところ荒川である。東京東部で育ったので、荒川と聞いてしまうと日常感から脱却できない。荒川といえば、夕日の河川敷を走る東武電車である。地味な下町に、ボロい電車。たまに武田鉄矢。

結局のところ、秩父というのは荒川の上流であり、気分転換というには近すぎる。いまいち決め手に欠くまま、なんとなく話はなくなった。

荒川と共に川下りに対する情熱は失われたが、SLに対する情熱は残った。SLには小学校の頃に静岡で乗ったきりである。SLに乗って温泉に行こう。

調べてみると、新潟から会津若松までSLが走っていた。阿賀野川沿いである。荒川より良いのではないだろうか。この列車は運転区間が長く、グリーン車もついている。日本酒を片手にウダウダとSLに乗っているのがいい。

そういえば知り合いが毎年のように会津の温泉に行っているのであった。SLのチケットさえ取れれば、あれこれ悩む必要はない。
すぐにでも行きたい気分だったが、SLのグリーン券が取りづらく、しかもゴールデンウィークが立ちはだかっていた。

弱りながらもゴールデンウィークは職場で過ごし、5月中旬に新潟経由で会津に旅立った。