るあんぱばーんのおもいで

ルアンパバーン訪問の目的は、旧市街で早朝の托鉢を見ることだったが、メコン川を見ながらビールを飲むこともリスト上位に入っていた。

町にはリバービューを謳う宿があるが、よくよく地図を見ると、たいていのリゾートホテルは旧市街から離れている。托鉢を見るためには夜明け前からタクシーで移動しなくてはならないし、そもそも早起きが苦手なので、起きるのは少しでも遅い方が良い。旧市街から離れたリバービューのホテルを本末転倒とまでは言えないものの、主目的である托鉢を中心に考えて、旧市街にあるホテルを探すべきだろう。

ルアンパバーン旧市街にもリバービューのホテルがいくつかあったが、地図でホテルの場所を確認すると、メコン川支流ビューというケースもあった。広い意味では支流もメコン川の一部なのだろうが、せっかくなのでメコン川の本流を眺めたい。

なかなか気の抜けないホテル選びが必要になった。旅行目的地の選定で迷走した為、旅行開始までの余裕は少ない。ここまでの検討の結果、最低条件は、
・托鉢見学に便利な場所
・メコン川本流ビュー
・滞在期間全日程の連泊が可能
となる。ビールを飲むことを考えると、川が見える窓だけでなく、できればベランダも欲しい。

数日かけてホテル予約サイトを探し、ホテルを1箇所に絞った。しかし当初はメコン川ビューの部屋を連泊で予約が取れず、出発直前まで毎日のようにホテルの空室をチェックする羽目になった。それでも最後には全日程でベランダ付きリバービューの部屋をゲット。ラオスにしては高めのホテルだが、旅行の目的の一つなので外せない。

このホテルには特典として、1滞在につき1回のサンセットクルーズ招待があった。予約問題があったので、同じ部屋タイプにも関わらず3泊で予約2件に分かれたが、それでも3泊で1滞在のカウントだそうである。高級ホテルで部屋に置いてあるウェルカムフルーツも似たような物だろうが、連泊すると微妙に損した気分になるのは何故だろうか。

実際のところウェルカムフルーツには大して興味はないが、サンセットクルーズは重要なポイントである。もともと有料ツアーを探そうと思っていたくらいなのだ。夕景の撮影チャンスでもあり、参加できるなら、1回より2回、2回より3回が良い。

僕が行ったのは雨季のルアンパバーンである。ピンポイントな天気予報など有って無いようなものだろう。3泊するので選択肢は3回あるが、的確な状況判断によって、ベストな1回を選び抜きたい。

1日目は到着直後から街歩きを始めた。しばらくすると曇り始め、また熱中症の危険もあったので、ホテルに戻って休憩。このまま夜まで曇りか否か、何の目途もない。とりあえずサンセットクルーズ申込みは見送って、昼寝することにした。

昼寝から起きると、いつの間にか雲はなくなっていた。しかし既にクルーズ申込みが間に合わない時刻である。諦めてメコン川沿いのレストランで乾杯することにして、結果的には美しい夕焼けを見ることができた。夕焼けが美しいのは素晴らしいが、サンセットクルーズを見送ったのは失敗だったかもしれない。後悔は先に立たないのだが。

2日目はルアンパバーン郊外へ滝を見に行くことにしていた。この日は朝から曇天だったので、サンセットクルーズは端から見送りとした。実際、夕方には雨季の東南アジアらしいスコールが発生していた。

泣いても笑っても3日目が最終のチャンスである。早朝に托鉢を見に行くと、小雨が舞っていた。昨日のように夕方までダメな天気なのだろうか。托鉢の見学後は部屋に戻って二度寝することにした。

昼前に起きると晴れていた。フロントでクルーズの予約を入れてから街歩きに出る。しかし午後になると再び天気が悪くなってしまった。ホテルの部屋に戻って外を眺めていると、15時くらいには再び小雨が舞っていた。

選択を誤ってしまったのだろうか。無理に頼み込んででも、1日目のサンセットクルーズに参加しておくべきだったのかもしれない。

それでも賭けには勝った。クルーズ開始の時間までに雨は上がり、雲も消えていた。ビール1本を貰って、ホテルの船に乗り込んだ。

ただし、そもそも賭ける程だったかというと、それは微妙である。ルアンパバーンは山に囲まれた内陸にあり、太陽が見えなくなる時間が早い。まだ周囲が明るいうちにクルーズは終わってしまい、夕焼けを見るため、初日と同じレストランに戻ることになった。夕焼けが始まる30分以上も前である。

ところで1日目と3日目に行ったメコン川沿いのレストランというのは、自分の部屋からも見下ろせる、宿泊ホテルのレストランである。メコン川の土手にあって見晴らしが良く、良い風が川沿いに抜けていく。

ここが今回のホテル選びでのトリッキーなポイントだった。僕が泊まった部屋はメコン川ビューのベランダがある部屋だが、建物自体がメコン川沿いにあるわけではなかった。

ホテルとメコン川の間には、まず2車線相当の道幅の道路がある。その先はメコン川の土手だが、そこにはレストランを作れるスペースがある。レストランから更に土手を降りると、川にサンセットクルーズの船が係留されている。

つまり部屋から川までは意外に離れていた。しかも土手には川に沿って木が植えられており、レストランには日陰を作っているが、僕の部屋からの視界を遮ってもいる。たしかに部屋からは木立の奥に川が見えるのだが、川を前景に夕焼けの撮影をしようと思うと、道路を渡って川沿いのレストランに行く必要があったのだ。

もっとも、それすらも大した問題ではなかった。今回のホテル選択での最大の失敗は、日中は暑すぎてベランダでビールを飲むどころではなかった点にある。ベランダにはテーブルも椅子もあるが、日差しを遮るものはなかった。晴れていれば、すぐに日焼けする。曇っていたとしても、ちょっと座っているだけで汗をかくし、ビールはぬるくなる。

ルアンパバーンで必要なものは、ベランダよりもクーラーの効いた部屋である。中途半端なリバービューのベランダは、絵に描いた餅くらいの実用性しかなかった。

托鉢は満喫できたし、夕焼けのメコン川を見ながらビールも飲んだ。当初の目的は達し、十分に楽しめたのだが、少しばかり不完全燃焼なままラオスから帰った。

ホテル選定にあたってイメージが先行しすぎたようで、根拠のない過剰な期待を抱いてしまった。無駄に手配の時間を費やし、宿泊料を余分に払い、誰も何の落ち度もないのに不満を抱く。

人間とは勝手なものである。

らおすのおもいで

今年はGWにベトナムへ行った。毎月のように東南アジアへ行っていた生活は昨年で終わったが、やっぱり旅に出るのは楽しいし、ワクワクする。

同じワクワクを味わいたくて、夏も旅に出ることにした。ベトナムでは暑さで四苦八苦したが、それでも晴れている方が良いのだろう。アジアで乾期の場所を探してみたところ、インドネシアだった。旅行先としては食わず嫌いな印象だが、それも解消されつつある。と思う。それでもオッサン一人でバリ島に行くのは気が引けた。

インドネシアで別の島を探したところ、ジャワ島のジョグジャカルタに雄大な遺跡があった。遺跡に隣接したホテルもあり、そこをベースにして日の出と日没時には別チケットで遺跡を堪能できるらしい。

しかし更に調べたところ、近年になって遺跡保護のため立ち入りできるエリアが制限されているとの事だった。サイトで確認したところ、かなりの制限範囲である。早朝や夕方の別チケットも発売されていないようだった。航空券の予約を入れる直前でジャワ島は断念することにした。

ここからは完全に迷走した。

ジャワ島から足を延ばすとオーストラリアである。エアーズロックは通年で乾期と言って良いだろう。ついついガイドブックまで買ったが、オーストラリアはインドネシア以上に食わず嫌いであり、どうにも心が動かない。その他、モンゴルも季節的に良さそうだったが、個人旅行のハードルは高そうだ。1人旅でドライバーを付けるとアジア旅行とは思えない金額になってしまう。

更に探したところ、ベトナムの北部と南部は雨季にあたるが、なぜか中部は雨が少ない時期らしい。ベトナム中部で有名なのはホイアンだが、フエという古都もある。ただし統計上の降水量は少ないものの、晴天率は低く、しかも気温は高い。かなり蒸し暑いのだろう。

いまいち決め切れない。

そうこうしていると、知人がラオスに出張していた。何枚か写真を送ってもらったが、雨季にもかかわらず、それなりに晴れ間がのぞいているようだった。今年は雨が少ないと地元の人が言っているとか。

そういえばCOVID-19前から、ラオスのルアンパバーンに行きたかったのだ。夏は雨季にあたり、統計上の晴天率はフエと大して変わらない。それでもルアンパバーンで見たかったのは早朝の托鉢であり、そこまで晴天にこだわる必要はないだろう。どうやら中国本土からの旅行者が戻っていないらしく、観光客が少ないうちが良いタイミングである。

ルアンパバーンヘのゲートウェーは、ベトナム航空でハノイか、バンコク・エアウェイズでバンコクが無難そうだった。バンコク・エアウェイズはJALと提携しており、東京からスルーの航空券を予約できるし、全行程がマイル加算である。迷うことなくバンコク経由でチケットを手配した。

バンコクからプロペラ機でルアンパバーンに到着すると、抜けるような青空である。雨季の晴れ間を逃すわけにはいかない。ホテルに荷物を置いて、すぐに撮影へ向かう。宗教施設を見学する姿勢として「端から機械的に」というのが正しいのか分からないが、街を歩きつつ順番に寺院を回ってみる。とにかく暑く、滝のように汗が出る。

しばらくすると曇ってきた。既に熱中症の手前だし、しかも昨夜は深夜便での移動だった。ホテルに戻って休憩することにした。

ウトウトと昼寝してしまったが、起きると再び晴れていた。宿泊していたホテルのレストランがメコン川沿いにあるので、部屋から外へ出てリバーサイドのテーブルを確保。まずは現地のビールであるラオビアを注文。東南アジアのビールにしては薄くなく、かなり好みの味である。

目の前には雄大なメコン川が流れ、うまいビールを片手に、美しい夕焼けが楽しめた。調子に乗って、ラオ・ウイスキーを追加で注文した。ラオ・ウイスキーはライス・ウイスキー、つまり米の蒸留酒なので、実質的には米焼酎と大差ない。筈である。氷を入れてオンザロックにすると丁度いい。

この日は滞在中で一番きれいな夕焼けを楽しめたのだが、旅行者としては何かが抜けていたのだろう。翌朝になって起きると、どうにも体が重い。

到着してすぐ撮影のために歩き回り、熱中症になりかけたのと、深夜便での移動による疲労のせいだと思った。もうオッサンである。若くないのだ。

その後、どうにもトイレが近い。ピーピーで観光に支障が出る程ではないのだが。その翌日も似たようなものである。東南アジアで売っている、ゆるい巻きのダブルロールとはいえ、2日でトイレットペーパー2巻は使いすぎである。しかも食欲もない。

ここに至って気付いた。調子に乗ってラオ・ウイスキーを飲んだのが失敗だった。

数年前にバリ島でライス・ウイスキーの蒸溜所に行っているので、この手の酒の質は理解していたつもりである。理屈上は米焼酎と大差ないとは言え、アルコールとしては不純物が多く、悪酔いする可能性が高い。しかし2日もピーピーするのとは別次元の話だ。

問題はオンザロックである。氷が諸悪の根源だろう。ホテルのレストランだと思って、安心したのが悪かった。

結局、滞在中ずっと食欲がなく、ラオス料理は1回しか食べられなかった。それでも幸運にも腹痛は起きず、寝込むこともなかった。

旅行前から迷走気味で、旅行中も色々あったが、概ね満足できるラオスの旅になった。

たばた

台風が来る度に、頭痛になるようになった。低気圧のせいらしい。中年になって自然現象に対しての感受性が豊かになるとは思えないので、人体として微調整が効きにくくなったのだろう。世間では老化と言うらしい。

今年は6月に台風が2回も来たせいか、気圧が低いだけで自律神経の働きが低下するようになってしまった。わけもなく息苦しく、肩も凝るし、無気力になる。

気圧が低いのは梅雨の時期の宿命だ。おかげで毎日のように弱っており、しかも不眠を併発していた。絶不調である。

どうにも寝付けぬまま深夜にネットを徘徊していると、JR東日本のショッピングサイトで機関車見学の募集をしていた。参加費3万円だが、田端運転所で現役の機関車2両に乗れて、しかも触っても良いらしい。

田端でおさわり自由と言われると、場末のスナックを想像してしまうのは昭和の下町育ちの悪い癖だが、どうやら違うみたいだ。

不調で不眠の深夜というのは判断力が低下する。気が付くと申し込んでいた。

たしかに僕のスケジュールは空いているのだが、そこまでマニアでもないのに3万円も払っていいのだろうか。おさわり自由なら価値はあるのだろうか。

絶不調の時期はクヨクヨしがちであり、翌朝になって正気に戻ると、かなり後悔した。もうキャンセルはできない。

あとは行くしかない。梅雨の時期なので、雨が降ったら嫌だなと思ったが、なんとか曇りでおさまった。

後悔は先に立たないが、引きずっても意味がない。当日までに後悔は済ませ、妙に興奮しながら田端に向かった。中年になると、おさわり自由に弱くなるのである。老化の一種だろう。

見学時間60分を3パートに区切って、機関車2両それぞれの運転席見学、それに外観撮影タイム。現役の機関士の方が説明についてくれる。参加者は3人なので、基本的には独り占めで諸々の体験ができるということである。

まずは乗ってみましょうか、と言われて機関車に向かう。ドアの前で怯んでしまうが、どうぞ入ってくださいとのこと。ノブを回して車内に入る。意外にドアが軽い。では座ってくださいと言われ、他に椅子はないので、恐る恐る運転台に腰を掛ける。意外に座り心地が良い。

パンタグラフが上がって、通電状態の機関車である。機関士さんの指示に従って機械操作をしてみた。機関車のモーターを操作すると、背後の機械室で回路が切り替わる。ブレーキ操作すると空気弁や空気圧縮機が動作する。なんと汽笛も鳴らせる。

結果的に極めて楽しめた。3万円のハードルは高いが、僕は価値を見出せた。違う種類の機関車を見学できる時に、改めて参加してみたいとすら思うほどだ。

知人に場末のスナックに行きまくっているオッサンがいるのだが、そういうのを沼にハマると言うのだろう。スナック沼にハマるような田端で、僕は別種の沼にハマってしまったのだろうか。

あの翌朝の後悔を引きずるべきだったのかもしれない。やはり先に立たないのが後悔である。