しんせんのおもいで

出張で中国・広東省の深圳に行くことになった。三回目にして、初めて独力での訪中である。

ほぼ1週間の滞在予定だったので、出張にも関わらず念入りに観光地を調べてみたものの、東武ワールドスクエアみたいな公園がある以外、大して見所がない街のようだ。

何かを見逃しているのではないかと思い、近所の中華料理店オッサンに聞いてみた。このオッサンの実家は広東省にあるのだ。

オッサンによると見落としはないらしい。出張にしても出稼ぎにしても、要は働きに行く場所とのことだった。

観光面は期待できなそうな雰囲気のまま、香港経由で旅立った。

香港へは久々にキャセイ・パシフィックである。キャセイはJALマイレージの会員ステータスが使えるので、非常口前の窓側をゲット。たまには景色を楽しみたい。秋晴れの日で、富士山がよく見えた。

香港空港からフェリーで深圳の蛇口という港へ。そこからホテルまでタクシーに乗る。このルートだと香港へ入境せずに中国本土に向かえる。

蛇口のフェリーターミナルで荷物を引き取って出口に向かうと、大きな字で「白タクの客引きに捕まらないように」と書いてある。実際、出口を抜けると、白タクの客引きばかりである。タクシー乗り場を探そうと思うが、客引きオヤジがうっとうしくて探せない。

面倒くさくなって、人の流れについていくと、普通に路上に出た。しかしタクシーはいない。フェリーターミナルの周辺を歩いてみても、市街開発中で工事現場だらけである。

諦めてフェリーターミナルに戻る。フェリーターミナル前で、たまたま走ってきたタクシーを見つけて止めたところ、警備員のオッサンに怒られた。たぶんタクシー乗り場から乗れということなんだろう。どこなんだ。

ところで今回は決済サービスのAlipayをiPhoneに入れていった。白タク客引きオッサンの前で現金を引き出すのも嫌だったので、タクシー乗り場を見付けると、人民元を持たずに意気揚々とタクシー乗車。僕にはAlipayがあるのだ。キャッシュレス社会に飛び込むぞ。

ホテルに着いた所でドライバー兄ちゃんにAlipayと言ったものの、何故か使えない。ちゃんとQRコードをスキャンしたのだが。なんなんだ。物は試しとWeChatPayのQRコードもスキャンさせられたが、もちろん使えない。

幸いにもホテルの1階には銀行が入っており、ATMで現金を引き出せた。なんやかんや言って、やっぱり現金が一番なのかもしれない。目の前のATMから出てきたばかりの紙幣の真贋チェックをされるのは微妙なのだが。

三回目の訪中は入国直後から問題山積だった。疲労困憊、なんとかホテルにチェックインした。

その後の一週間は朝から深夜まで仕事させられていた。一度、散歩がてら地下鉄に乗って高層ビル街を見に行った程度である。

やっぱり深圳は働きに行く場所だった。

はのいのおもいで

ハロン湾へのゲートシティはハノイである。7年ぶりのハノイ訪問だったが、元々が日程に余裕のない旅である。ハノイは1泊のみ、散歩くらいしかできないスケジュールになってしまった。

昼前にハノイに着いた。空港から旧市街のホテルに向かい、チェックインする。

荷物を置いて旧市街をブラブラ歩き、昼食にフォーを食べに行った。前回は通りを駆け巡るスクーターの群れに恐れをなし、半泣きしながら死ぬ気で横断歩道を渡ったのだが、なんとか慣れてきた。

フォーを食べてから、ドンスアン市場を見に行った。旧市街の大きな市場である。市場巡りは楽しい。

街歩きをしながらGoogle Mapを見ていたところ、別の市場を見つけた。旧市街から大通りを越えて川沿いにある、ロンビエン市場である。Google Mapによると、早朝から始まるものの、昼くらいで閉まってしまうらしい。

翌朝はハロン湾に行く日だったが、早起きしてロンビエン市場に向かった。

歩道橋を見つけ、大通りを渡って市場へ向かう道に出た。早朝にもかかわらず、かなりの人出である。

通りを進むと、路上に屋台のような店が並んでいる。

そんな道端で、天秤棒を担いだオバチャンが商品を仕入れている。山のような荷物を載せたバイクのオッサンが、荷物を積み直している。

さらに進むと、ボロくて暗い市場があった。

市場に入ってみる。

ものすごいエネルギーである。しかもベトナム人は歩く代わりに、バイクで市場内に乗り入れている。

僕は周囲のベトナム人から浮いていた。旧市街からは大通りの反対側ということになるが、地元の人以外はロンビエン市場まで来ないのだろう。

せっかく来たので写真を撮りたかったが、市場のエネルギーに打ち負かされた。それに縦横無尽に走るバイクが怖くて、写真を撮っている場合ではない。

それでも市場をウロウロと歩き回った。

通路でバイクを壁側に避けると、壁沿いに積んであった檻に入れられていた犬に小突かれた。犬でも僕が周囲から浮いているのが分かるのだ。

ベトナムのバイクに慣れたと思ったが、そんなことはなかった。カメラが壊れる覚悟をして、死ぬ気でロンビエン市場を再訪しようと思った。半泣きしてもいいではないか。

べとなむのおもいで

短いタイ滞在の後、ベトナムに向かった。乾季の始まりの時期、ハロン湾クルーズに行こうとの魂胆である。

一口にハロン湾クルーズと言っても、安さ重視の日帰りボートから、スパ付きの高級船まで幅が広い。日の出や日没など、自然のマジックを楽しむためには船上で宿泊する事を勧められていたので、迷わず一泊コースにした。

そこから先の選択が面倒くさい。

船の数だけツアーがあり、施設や食事が異なる上、ハロン湾内での訪問先も微妙に異なる。船の設備を説明されてもピンとこないし、食事は食べてみないと分からない。サイトには宣伝文句しか書いていないのだ。客観的な基準は訪問先しかない。ハロン湾関連の旅行ブログをいくつか見て、行きたい場所をリストアップした。

僕が行きたかった所はマイナーな組み合わせだったらしく、調べた限りでは1隻に絞れた。その船を自動的に選んだのだが、実際に乗船してみると、客の平均年齢が高めの落ち着いた船で良かった。航海中に他の船を見ると、クラブ系音楽にレーザー光線というパリピ専用船みたいなのもあり、クルーズにおける船選びは重要そうである。

訪問先の一つがブンビエン村という、海上にある漁村である。浮き桟橋に家や学校を建て、庭先のような海上で何やら養殖をしている。

海上漁村の案内所にはベトナム共産党のプロパガンダもあった。このブンビエン村のために本土に文化的で立派な集落を作ったらしい。ガイドさんいわく、その集落に行かなかった村民が未だに海上生活を送っているとのこと。

なるほど。しかし、こういうのは眉唾である。

スラムのツアーに参加してコース外の家に紛れ込んだらホームシアター完備だったとか、山奥の先住民の集落には近くの町からバイクで出勤してくるとか、真偽はともかく、よく聞く話だ。

陸上ブンビエン村が何処にあるのか定かではないが、ゆっくりしたクルーズ船でも1~2時間の距離だろうから、海上ブンビエン村までスピードボートで通勤も可能だろう。

つまり養殖場の作業員待機所が海上にあるだけではないか。

そんな疑問は口に出さず、海上漁村を手漕ぎボートに乗って案内してもらった。

村に行ったのは夕方だったのだが、ちょうどイカ釣り漁船が出港準備中だった。かなりラッキーなタイミングである。

イカは夜間にライトを点灯して釣るものだろうから、出漁の準備は夕方にするのだろう。しかも、こちらもアポなしでフラッと立ち寄ったわけでもない。全くの芝居ではないにしても、多少の仕込みがあってもおかしくない。

つまりイカ釣り船の基地が海上にあるだけではないか。

そんな疑問は口に出さず、イカ釣り船を見て興奮していた。

変な疑いは持たず、これで満足すべきだろう。実際、かなり楽しめたのだ。しかも手漕ぎボート代はクルーズ費用に入っていたのでボッタクリは発生せず、水上マーケットで土産物を売りつけられることもなかった。東南アジアの観光地で遭遇しがちなストレスとは無縁だった。

人生あまり邪推はせず、素直に楽しもう。

こう思わされている時点で、既に騙されているのかもしれないが。