ほんこんのおもいで

深圳出張は昨年9月の予定だったのだが、直前の通知だったので夏休みの予定を理由に断った。出張そのものが面倒くさそうだったのも確かだが、そもそも9月の広東省は暑いし、台風のシーズンでもある。まったく積極的になれなかった。

しばらく出張のことは忘れていたのだが、改めて12月に行くことになった。12月の広東省周辺は乾季である。美しい夜景を期待して、帰りに香港に寄ることにした。

出張は金曜夕方までかかった。ラッシュアワー前にタクシーを捕まえたかったのだが、最終日なのに18時まで拘束されてしまった。

結局、夕方にタクシーを捕まえるのは極めて困難と分かり、出張先から深圳地下鉄で越境チェックポイントがある羅湖に向かった。深圳・香港間には数箇所のチェックポイントがあるが、羅湖のチェックポイントには外国人用のレーンがあり、比較的スムーズに出入境できるらしい。

たしかに外国人用レーンはガラガラだった。まず中国の出境手続きを行い、建物内を歩いていると、いつの間にか香港側に着いている。香港の入境手続きを終えて人の流れに従っていると、そのまま香港地下鉄の駅に着いた。

よくよく考えると、人生初の徒歩での国境通過である。厳密には国境ではないせいか、たいして感慨はなかったが。

それでもボーダーの反対側は香港であり、人民元は使えない。ATMで香港ドルを引き出し、香港地下鉄に乗って市内に向かった。反政府デモの最中で、中国人は香港には行かないと地元中国人に言われてたのに、金曜夕方の地下鉄は混んでいた。

ちなみに深圳の地下鉄駅ではエスカレーターの乗り方に気を使うことはないが、香港の地下鉄駅では気を使って片側を空ける必要がある。ちょっと歩いただけで、急に社会常識が変わるのだ。1週間の中国生活の後では、やや対応に戸惑う。

決して広くはない香港ではあるが、チェックポイントから街中までは40分ほどかかる。この地下鉄路線には一等車が連結されており、荷物が多かったので一等車を探して乗り込むと、出発直前だったが座れた。周囲の客も、さりげなく席を空けてくれる。

さて僕が香港で必要なものは、マンダリンオリエンタル2階のバー中環の飲茶屋、それにスターフェリーである。用事があるのは香港島側だが、スターフェリーに乗りたいので九龍半島側・尖沙咀のホテルに泊まることにした。

20時くらいにホテルに着き、荷物を置いてフェリー乗り場に向かった。誰も慰労してくれないので、マンダリンのバーで打ち上げしよう。

約8年ぶりの香港だったが、バーの場所は体が覚えており、たいして迷わずに辿り着いた。改装工事をしたような話も聞いていたが、ダメなアル中ビジネスマンが集う高級バーという雰囲気は変わっていない。

まずはギネスをパイントで1杯。それからフィッシュアンドチップスを頼んで、さらにギネスを1パイント。

アルコールがまわって緩んでくると、深圳での疲労感から溜息しか出てこない。金曜夜にギネスを前にして溜息をつく。このバーに似合いの中年男になれた気がする。

マティーニとウイスキーで締めて、最終のスターフェリーで尖沙咀に戻った。

翌朝は中環で飲茶と思ったが、疲労と二日酔いで起きられず。なんとか起きたら、既に午後だった。飲茶には遅すぎる。

地下鉄に乗って深水埗へ市場の見学に行き、市場でブランチ代わりに粥を食べた。夕方は尖沙咀でスターフェリーを眺め、うまい広東料理を食べに行った。この夜も懲りずにマンダリンのバーを再訪し、またもや最終のスターフェリーで尖沙咀に戻った。

やっぱり香港は楽しい。ダメなアル中オッサンでさえも。

しんせんのおもいで

出張で中国・広東省の深圳に行くことになった。三回目にして、初めて独力での訪中である。

ほぼ1週間の滞在予定だったので、出張にも関わらず念入りに観光地を調べてみたものの、東武ワールドスクエアみたいな公園がある以外、大して見所がない街のようだ。

何かを見逃しているのではないかと思い、近所の中華料理店オッサンに聞いてみた。このオッサンの実家は広東省にあるのだ。

オッサンによると見落としはないらしい。出張にしても出稼ぎにしても、要は働きに行く場所とのことだった。

観光面は期待できなそうな雰囲気のまま、香港経由で旅立った。

香港へは久々にキャセイ・パシフィックである。キャセイはJALマイレージの会員ステータスが使えるので、非常口前の窓側をゲット。たまには景色を楽しみたい。秋晴れの日で、富士山がよく見えた。

香港空港からフェリーで深圳の蛇口という港へ。そこからホテルまでタクシーに乗る。このルートだと香港へ入境せずに中国本土に向かえる。

蛇口のフェリーターミナルで荷物を引き取って出口に向かうと、大きな字で「白タクの客引きに捕まらないように」と書いてある。実際、出口を抜けると、白タクの客引きばかりである。タクシー乗り場を探そうと思うが、客引きオヤジがうっとうしくて探せない。

面倒くさくなって、人の流れについていくと、普通に路上に出た。しかしタクシーはいない。フェリーターミナルの周辺を歩いてみても、市街開発中で工事現場だらけである。

諦めてフェリーターミナルに戻る。フェリーターミナル前で、たまたま走ってきたタクシーを見つけて止めたところ、警備員のオッサンに怒られた。たぶんタクシー乗り場から乗れということなんだろう。どこなんだ。

ところで今回は決済サービスのAlipayをiPhoneに入れていった。白タク客引きオッサンの前で現金を引き出すのも嫌だったので、タクシー乗り場を見付けると、人民元を持たずに意気揚々とタクシー乗車。僕にはAlipayがあるのだ。キャッシュレス社会に飛び込むぞ。

ホテルに着いた所でドライバー兄ちゃんにAlipayと言ったものの、何故か使えない。ちゃんとQRコードをスキャンしたのだが。なんなんだ。物は試しとWeChatPayのQRコードもスキャンさせられたが、もちろん使えない。

幸いにもホテルの1階には銀行が入っており、ATMで現金を引き出せた。なんやかんや言って、やっぱり現金が一番なのかもしれない。目の前のATMから出てきたばかりの紙幣の真贋チェックをされるのは微妙なのだが。

三回目の訪中は入国直後から問題山積だった。疲労困憊、なんとかホテルにチェックインした。

その後の一週間は朝から深夜まで仕事させられていた。一度、散歩がてら地下鉄に乗って高層ビル街を見に行った程度である。

やっぱり深圳は働きに行く場所だった。

はのいのおもいで

ハロン湾へのゲートシティはハノイである。7年ぶりのハノイ訪問だったが、元々が日程に余裕のない旅である。ハノイは1泊のみ、散歩くらいしかできないスケジュールになってしまった。

昼前にハノイに着いた。空港から旧市街のホテルに向かい、チェックインする。

荷物を置いて旧市街をブラブラ歩き、昼食にフォーを食べに行った。前回は通りを駆け巡るスクーターの群れに恐れをなし、半泣きしながら死ぬ気で横断歩道を渡ったのだが、なんとか慣れてきた。

フォーを食べてから、ドンスアン市場を見に行った。旧市街の大きな市場である。市場巡りは楽しい。

街歩きをしながらGoogle Mapを見ていたところ、別の市場を見つけた。旧市街から大通りを越えて川沿いにある、ロンビエン市場である。Google Mapによると、早朝から始まるものの、昼くらいで閉まってしまうらしい。

翌朝はハロン湾に行く日だったが、早起きしてロンビエン市場に向かった。

歩道橋を見つけ、大通りを渡って市場へ向かう道に出た。早朝にもかかわらず、かなりの人出である。

通りを進むと、路上に屋台のような店が並んでいる。

そんな道端で、天秤棒を担いだオバチャンが商品を仕入れている。山のような荷物を載せたバイクのオッサンが、荷物を積み直している。

さらに進むと、ボロくて暗い市場があった。

市場に入ってみる。

ものすごいエネルギーである。しかもベトナム人は歩く代わりに、バイクで市場内に乗り入れている。

僕は周囲のベトナム人から浮いていた。旧市街からは大通りの反対側ということになるが、地元の人以外はロンビエン市場まで来ないのだろう。

せっかく来たので写真を撮りたかったが、市場のエネルギーに打ち負かされた。それに縦横無尽に走るバイクが怖くて、写真を撮っている場合ではない。

それでも市場をウロウロと歩き回った。

通路でバイクを壁側に避けると、壁沿いに積んであった檻に入れられていた犬に小突かれた。犬でも僕が周囲から浮いているのが分かるのだ。

ベトナムのバイクに慣れたと思ったが、そんなことはなかった。カメラが壊れる覚悟をして、死ぬ気でロンビエン市場を再訪しようと思った。半泣きしてもいいではないか。