ふっけんしょうのおもいで

福建省・厦門では世界遺産であるコロンス島に滞在したのだが、福建省には他にも気になっている所があった。それは世界遺産になっている福建土楼だ。福建省の山岳地帯にある客家の巨大集合住宅である。巨大集合住宅といっても、高島平団地のような所ではない。

福建省には多くの土楼があり、どの土楼に行きたいかを事前に調べる必要がある。観光地化された土楼には興味がなかった。保存状態が良く、客が少なく、できれば上階に上がりたい。しかも元々が山岳地帯の集落のようなものなので、移動距離も考慮に入れる必要がある。結局、大型ながら比較的マイナーな初渓土楼と南渓土楼の二箇所に絞った。

自力での移動は困難そうだったのでツアーを探してみたが、マイナーな場所を組み合わせてしまったせいか、行きたい二箇所を回るツアーが見つからない。しかし妥協もしたくない。

結局、中国ビジネスをしている友人に泣きつき、乗用車をチャーターすることになった。

ドライバーは英語と日本語ができない。僕は中国語ができない。つまりコミュニケーション問題が発生する。

僕のiPhoneにGoogle翻訳を入れ、ドライバーのスマホにも翻訳アプリを入れてもらい、しかもWeChatでドライバー、友人、僕というグループを作ってバックアップしてもらった。1月2日のことだった。他人の迷惑も顧みず、正月から大騒動である。

おかげで何とかなった。希望通りの福建土楼が見れたし、余った時間で田舎の村を散歩できた。

福建省といえば烏龍茶の産地である。実際、土楼に出ていた土産物店では地元産らしい茶葉を売っていた。

そんな福建省には飲茶の文化がある。

初めて香港へ行ったときにカルチャーショックだったのが、飲茶は完全に朝の文化だったことだ。お茶と点心なのである。

一方、オッサンとしては点心にはビールである。深夜まで飲茶ができるシンガポールの中華街に行く機会が多かったせいもあるが、点心とビールは相性が良いのではないかと思う。

福建省では夜でも飲茶ができた。メニューにビールもある。素晴らしい。早速、点心と青島ビールをオーダーした。

しばらくすると点心が運ばれてきたが、黒酢ではなく、チリソースがついてきた。これもシンガポールと同じである。

福建の飲茶文化は広東とは少し異なるようだ。

ビールを飲みながら文化的な差異について考えていると、シンガポールの華僑は福建省出身の客家が多いという話を思い出した。福建土楼に住んでいた人々の子孫である。シンガポールの華僑文化には福建の影響が強く、それゆえにシンガポールの飲茶は福建的なのかもしれない。

今年は年始から文化的な思考をした。年末年始に年賀状以上のことが考えられるとは、我ながら驚きである。

あもいのおもいで

毎年、冬休みの短期旅行は悩ましい。基本的に前年中は最後の最後まで仕事が残り、新年も数日は出社になるパターンである。ゆえに代休日数と旅行先との兼ね合いで仕事を入れている。

幸か不幸か、たぶん不幸なのだが、今年は土・日の絡みで無理に仕事を入れることはできず、正月休みに4~5連休が取れることになった。

スケジュール的にはヨーロッパまで行けるが、冬のヨーロッパは寒い。ハワイは高いし、オーストラリアは興味がない。あとは東南アジアくらいだろうか。そうはいってもタイベトナムに行ったばかりだ。

あまり無理をしたくないのは、大体の国で1月1日は祝日となり、丸1日ムダになるケースが多いからである。しかも12月31日のホテルは無意味に高価格な設定になっている。

正月休みは、短期旅行に行く観点からは悩ましい。

しばらく悩んだ後、1月1日出発で中国に行くことにした。昨年のGWには浙江省の杭州へ行ったのだが、その時にも迷った福建省の厦門である。1月なら厦門は乾季だし、中国マイナー路線はピークシーズンのANAでも航空券が安い。

厦門は昔の租界の町で、当時の建築物がコロンス島に残っている。このコロンス島が厦門で一番の観光地とのこと。休日を中心に、良い時間帯は島へのフェリーが混雑するらしい。しかも中国にありがちな実名登録制となっており、外国人には事前予約が難しそうだ。

検討の結果、コロンス島に泊まってしまうことにした。こうすれば島へ行くのは人出が落ち着いた夕方以降、島を出るのが人出が始まる前の朝となり、人の流れとは逆のパターンである。

もっとも観光地だけで満足できる僕ではない。調べたところ、厦門には大きな市場があった。第八海鮮市場というらしい。僕の旅行に市場訪問は欠かせない。行ってみることにした。

よくよく考えると、ここに問題がある。

第八海鮮市場ということは、他にも最低7箇所の市場があるのかもしれないが、問題の肝はそこではない。

中国の海鮮市場なのである。

1月の時点で湖北省・武漢では既に正体不明の肺炎が発生していた。そして僕は厦門に着いた日、ネットニュースで肺炎の感染源として海鮮市場が疑われているとの報道を読んだのだ。当時の報道内容としては、地理的にかなり限定的な状況とのことだった。湖北省政府だか武漢市政府だかが、状況はコントロールされているので問題没有と言っていた。

とりあえず僕は地図で武漢と厦門の距離関係を調べた。湖北省と福建省の間には江西省があり、江西省だけで北海道の倍くらいの面積がある。でっかいどうの倍なので、江西省は相当でっかい。

地理的にも離れているし、どこかの政府が問題ないと言っている事でもあるし、きっと問題ナッシングと判断した。そこでコロンス島から第八海鮮市場までの交通ルートを調べ、フェリーとバスを使って海鮮市場を訪ねた。

いまにして思うと、僕自身としては危機意識が低い。リスク管理能力のなさでもある。たしかに江西省は北海道の2倍の面積があるが、僕はたった4時間で東京から厦門まで飛んできたばかりなのだ。

しかも当時は武漢の海鮮市場で正体不明の肺炎が発生したという第一報に近いニュースである。武漢に問題があるのか、海鮮市場に問題があるのか、原因の切り分けはされていない。

さらに問題没有と言っていたのは、プロパガンダで有名な政党の支配下にある地方政府である。一概に問題ナッシングと判断すべきではなかったかもしれない。

以前、キューバのハバナ空港に行く途中で大爆発を見たのだが、それが実は墜落事故だった事がある。空港付近の大爆発を見ても航空機墜落は想像がつかず、何の疑いもないまま飛行機でメキシコに向かった。墜落事故を知ったのは、メキシコでホテルに着いた後だった。生存確認のメールやらLINEやらが来ていて、ニュースを見て初めて気付いたのだ。

僕は目にした危機を自分の身に置き換えられないのかもしれない。想像力の欠如であり、生存本能の低さでもある。来るであろう首都直下型地震に備え、もう少し危機意識を持って生きていこうと思った。

ほんこんのおもいで

深圳出張は昨年9月の予定だったのだが、直前の通知だったので夏休みの予定を理由に断った。出張そのものが面倒くさそうだったのも確かだが、そもそも9月の広東省は暑いし、台風のシーズンでもある。まったく積極的になれなかった。

しばらく出張のことは忘れていたのだが、改めて12月に行くことになった。12月の広東省周辺は乾季である。美しい夜景を期待して、帰りに香港に寄ることにした。

出張は金曜夕方までかかった。ラッシュアワー前にタクシーを捕まえたかったのだが、最終日なのに18時まで拘束されてしまった。

結局、夕方にタクシーを捕まえるのは極めて困難と分かり、出張先から深圳地下鉄で越境チェックポイントがある羅湖に向かった。深圳・香港間には数箇所のチェックポイントがあるが、羅湖のチェックポイントには外国人用のレーンがあり、比較的スムーズに出入境できるらしい。

たしかに外国人用レーンはガラガラだった。まず中国の出境手続きを行い、建物内を歩いていると、いつの間にか香港側に着いている。香港の入境手続きを終えて人の流れに従っていると、そのまま香港地下鉄の駅に着いた。

よくよく考えると、人生初の徒歩での国境通過である。厳密には国境ではないせいか、たいして感慨はなかったが。

それでもボーダーの反対側は香港であり、人民元は使えない。ATMで香港ドルを引き出し、香港地下鉄に乗って市内に向かった。反政府デモの最中で、中国人は香港には行かないと地元中国人に言われてたのに、金曜夕方の地下鉄は混んでいた。

ちなみに深圳の地下鉄駅ではエスカレーターの乗り方に気を使うことはないが、香港の地下鉄駅では気を使って片側を空ける必要がある。ちょっと歩いただけで、急に社会常識が変わるのだ。1週間の中国生活の後では、やや対応に戸惑う。

決して広くはない香港ではあるが、チェックポイントから街中までは40分ほどかかる。この地下鉄路線には一等車が連結されており、荷物が多かったので一等車を探して乗り込むと、出発直前だったが座れた。周囲の客も、さりげなく席を空けてくれる。

さて僕が香港で必要なものは、マンダリンオリエンタル2階のバー中環の飲茶屋、それにスターフェリーである。用事があるのは香港島側だが、スターフェリーに乗りたいので九龍半島側・尖沙咀のホテルに泊まることにした。

20時くらいにホテルに着き、荷物を置いてフェリー乗り場に向かった。誰も慰労してくれないので、マンダリンのバーで打ち上げしよう。

約8年ぶりの香港だったが、バーの場所は体が覚えており、たいして迷わずに辿り着いた。改装工事をしたような話も聞いていたが、ダメなアル中ビジネスマンが集う高級バーという雰囲気は変わっていない。

まずはギネスをパイントで1杯。それからフィッシュアンドチップスを頼んで、さらにギネスを1パイント。

アルコールがまわって緩んでくると、深圳での疲労感から溜息しか出てこない。金曜夜にギネスを前にして溜息をつく。このバーに似合いの中年男になれた気がする。

マティーニとウイスキーで締めて、最終のスターフェリーで尖沙咀に戻った。

翌朝は中環で飲茶と思ったが、疲労と二日酔いで起きられず。なんとか起きたら、既に午後だった。飲茶には遅すぎる。

地下鉄に乗って深水埗へ市場の見学に行き、市場でブランチ代わりに粥を食べた。夕方は尖沙咀でスターフェリーを眺め、うまい広東料理を食べに行った。この夜も懲りずにマンダリンのバーを再訪し、またもや最終のスターフェリーで尖沙咀に戻った。

やっぱり香港は楽しい。ダメなアル中オッサンでさえも。