くろなぎおんせんのおもいで

帰省するとか、海水浴に行くとか、それぞれ「正しい」夏休みの過ごし方というのはあるのだろうが、COVID-19のせいもあって、今年の夏を正しく過ごすのは困難だろう。

昔から僕には社交性が欠けているが、オッサンになって悪化しているようで、観光地の人混みすらイヤになってしまった。ピークシーズンを避けるべく、夏休みは7月か9月に取ることにしている。

そんな僕は夏の温泉が苦手である。大浴場がオッサンであふれているのはイヤなものだが、それ以上に苦手なのは元気すぎる子供である。独身オッサンには子供が縁遠いので、全く免疫がないのだ。

昨年、入梅前に黒部ダム奥地の見学ツアーに参加した。ツアーの起点は宇奈月温泉なのだが、その源泉は山奥にあって、お湯を宇奈月までパイプで運んでいるとの事だった。この源泉が黒薙温泉という温泉になっているそうだ。山の中の一軒家とのことである。

山奥の温泉なので、冬季は休業している。ゴールデンウィーク後に行こうと思っていたのだが、今年はCOVID-19である。そんな場合ではなかった。旅館は6月くらいから再開していたが、最初の週は満室だった。その後は梅雨に入ったので見送り。

黒薙温泉は来年に持ち越そうかと思ったのだが、よくよく考えると2月に出張で那覇に行って以降、日光に日帰りで行ったほかは、どこにも出かけていない。出かけられる見込みもないので、旅行の計画すら立てていない。むしろ仕込んでいた旅行のキャンセルばかりしていた。こんなことでいいのだろうか。

社交性のないオッサンとしては夏の温泉を避けたいのだが、色々と聞いてみたところ、学校の夏休みは8月中旬の数週間だけらしい。そもそも観光地は人出が少ないらしいし、なんとかなるのではないか。ちょっと日程的に無理をして黒薙温泉に行ってみることにした。

まずは宇奈月温泉へ向かい、トロッコ列車に乗る。20分ちょっとで最寄りの黒薙駅に到着。駅と言っても、山の中の停車場だ。駅前には黒薙温泉に通じる登山道しかない。

駅から温泉までは約600メートル。とはいえ、登山道のアップダウンである。かなりキツイ。

着いてみると、温泉宿というよりも山小屋のような造りである。缶ビールがアホみたいに高いのも山小屋と同じだが、かまわずアホみたいに飲む。

宿の注意書きにも書いてあるのだが、8月はアブが多いとのこと。どうやら水の周囲に集まるらしく、露天風呂は危険である。

そうは言っても山奥の温泉に来たので、露天風呂に入らなければならない。川沿いの混浴大露天風呂だ。

意を決して入ってみた。アブは耐水加工されていないので、水の中までは入ってこない。入浴している限りは問題なさそうである。

多少のぼせてきて、半身浴になったあたりが危険の始まりだった。アブがブンブン飛んでくる。幸か不幸か、他に入浴客はいない。狙い撃ちというか、入れ食いである。

何をしても誰にも迷惑をかけないので、バタバタ動き回ることでアブを回避できる。それでも皮膚に違和感を感じると、いつの間にかアブに取りつかれている。あわてて掴んで引き離す。せっかく温泉に来たのに、全く気が休まらない。

ふと気付くと、股間に違和感があった。そこは止めてほしい。引き離している暇もない。奴らは耐水加工されていないので、絶叫して風呂に入った。結果的には遅すぎたのだが。

山小屋のような温泉宿は、今年はCOVID-19のせいで宿泊客数を制限しているらしい。それでも家族連れが2グループ。

やっぱり夏の温泉は騒がしかった。人数が少ないとはいえ、子供は遊ぶものであり、叫ぶし走るし大変である。せっかく温泉に来たのに、全く気が休まらない。

とはいえ、前日が大雨だったせいで川の水量が多く、ピーピー叫んでいる声も水音にかき消された。しかもアブのせいで露天風呂に子供はいない。

結果的には例年よりダメージが少なくて済んだのだろうが、それでも社交性のないオッサンは夏休みに温泉へ行ってはダメだった。夏に日程的な無理をして温泉に行くくらいなら、冬に気候的な無理をして温泉に行くべきだと思った。

やっぱり今年の夏を正しく過ごすのは困難だった。

にっこうのおもいで

学生時代に5年ほどアメリカに住んでいたが、帰国したら実家が台東区に移転しており、いまや台東区民歴が人生で一番長い。

そうは言っても昼間は会社で働いているし、最近は横浜との二重生活である。僕にとって台東区とは週末に飲酒をする場所である。

そんな僕ではあるが、COVID-19による在宅勤務期間は実家で過ごしていた。名目上は勤務時間なので昼間から飲酒するわけにはいかないが、ちょっと散歩に出る時間くらいはある。

約20年の台東区民歴にもかかわらず、今回ステイホームになるまで、上野公園にある東照宮輪王寺には行ったことがなかった。

在宅期間中、昼は散歩に出るようにしていたのだが、漫然とウロウロしても面白くない。ゴールを上野東照宮と定め、毎日のように上野公園を一周していた。

東照宮と輪王寺と言えば、よくよく考えると日光の東照宮と輪王寺にも行ったことがない。渡米前は墨田区に住んでおり、昔も今も東武浅草駅へは簡単に行ける。浅草からスペーシアに乗れば、一気に日光へ行けるはずなのだが。

緊急事態宣言の解除後、フライング気味に日光へ向かった。

梅雨の合間の日曜日、朝一番の特急で日光を目指した。政府からの県外移動の自粛要請を無視するような、不要不急なダメオッサンしか乗っていない。スペーシアではない新型の特急電車だったのだが、ガラガラである。

まずは東武日光駅からバスで東照宮に向かった。チケットを買うために少し並んだのだが、それは開門前に着いてしまったからで、別に混雑していたわけではない。ガラガラである。

ほぼ2時間、じっくりと東照宮を見学することができた。ちょうど大改修が行われた後なので、非常に豪勢で美しい。

東照宮から歩いて輪王寺に向かった。地味な寺を建てろとの徳川家光の遺言だったらしいが、かなり派手である。さすがに生まれながらの将軍はスケールが違う。

輪王寺では要所要所に解説がつく。人出も少ないし、ラッキーだと思った。予習なしで来ているので、歴史背景などを教えてくれるのは助かる。

しかし物販がすごい。

今しか買えない御守。特別な祈祷なので、一生効果が続く破魔矢。疫病退散と関係あるらしい特別な御札。

つまりは限定品とコスパとCOVID-19対策である。夜中に民放BSでやっているテレビショッピング番組と本質的には大差ないのではないだろうか。

かくもテレビショッピング的な日光・輪王寺ではあるが、東武特急や東照宮と同じく、やっぱりガラガラなのである。

観光客で混んでいたCOVID-19以前の日光であれば、輪王寺の解説ショッピングは、眠れない夜に見るテレビショッピング程度なのだろう。なんとなく興味がある部分だけ見るような、でも特に何かを買う気もなく、しかし気付くと発注している。

一方、その日の僕はテレビショッピングのスタジオに来てしまった観客と同じだった。逃げ場はなく、退路を封じられているのである。興味あるフリをしないといけない。リアクションもしないといけない。最後は食傷気味になった。

東照宮に祀られている徳川家康は、神になって関八州を守ると遺言したらしい。

僕は県外移動自粛要請を無視して日光に行ってしまった。関東に害をもたらすような行動をしたダメオッサンである。

東照大権現の罰を受けたような気分で日光から東京に戻った。

おきなわのおもいで

遊びのような福岡出張の翌週は那覇に出張だった。別に狙ったわけではないが、那覇も木・金曜の日程である。

仕事は金曜日の昼過ぎには終わるので、離島に行ってみたいと心が動いた。ちょっと調べてみたが、沖縄といえども2月は寒いらしい。冬の温泉は良いが、冬のビーチはイマイチなのではないだろうか。2週連続という面倒くささもあり、自分の中での妥協として、週末の小旅行は見送った。

那覇に着いてみると、2月なのに最高気温は27度だった。しかもアホみたいに晴れている。

うーむ。こんな日に沖縄で仕事をする意味はあるのだろうか。このままフケてしまおうかと思ったものの、空港で出張先のオッサンに回収されてしまった。

ソーキそばを奢ってもらってから打ち合わせを一件こなし、ホテルまで送ってもらった。次の予定まで2時間程の空きができる。

那覇の地図を眺めた。那覇にもビーチがあるらしい。

散歩がてら、歩いて海を見に行った。砂浜という意味ではビーチだが、目の前にコンクリート橋がある。僕の求めているビーチではなかった。近所にコンビニのようなものはなく、ビールも買えない。

手頃な妥協というのは禁物らしい。

その後は泡盛をガブ飲みしたり、二日酔いで打ち合わせに行ったりしたものの、出張自体は無難に終了。帰りの那覇空港で離島に向かう小型機を見ていると、やっぱり小旅行に行けば良かったと後悔を始めた。海を見ながらビーチでオリオンビールを飲みたい。

うーむ。いまさらチェックイン済みのチケットを諦めて離島に行くわけにもいかず、嫌々ながら羽田行きの飛行機に乗った。

その後のCOVID-19を考えると、やっぱり離島に行っておくべきだった。後悔先に立たたず。

僕が無理な日程での海外旅行を繰り返している理由の一つは、行けるときに旅行に行っておきたいということだ。旅行に行かなかったことを後悔するより、旅行に行ったことを後悔したい。

人生に手頃な妥協は禁物である。