2010/01/31 にんげん

ヒトには限界というモノがある。

昼にラーメンと餃子とチャーハンを食べると、どんなに旨い店に行っても夜は大して食べられない。

夜、食事の時にワインを1本くらい飲むと、バーに行ってもウイスキーは少ししか飲めない。

意図的にチャレンジしているわけではないが、週の間に積もったモノを、週末の飲食で解決しようとすると、すぐ限界に達してしまう。

寂しい。虚しい。やり遂げられなかった感がある。自由な筈の週末さえも、思い通りにはならない。

人間、そんなモンなのか。つねに、なにかしら、限界のなかで生きて行かなくてはならない。

なぜ神は暴飲暴食の限界を作ったのか。それはデブにならせないためである。食糧問題解決のためでもある。要は種の保存である。食いたいだけ食わせていたら、土地は枯れ、食料は枯渇し、デブが横行し、人類は滅びる。

なぜ神は「週末を除く」という特例をつくらないのか。それは特例を認めると、特例だらけになるからである。要は規則に則った社会をつくるためであり、究極的には種の保存である。規則を無視すると、争いが始まり、社会は荒廃し、人類は滅びる。

故に、人間は本質的に自由ではない。週末だけの暴飲暴食もできないくらい自由ではない。限界のなかで生きていかなければならないのだ。

胃もたれで起きた朝は、とりあえず胃薬を飲む。胃薬を飲むか飲まないか程度の自由は、僕にもある。いまのところ。

2009/08/08 ばっし

15年くらい前に親知らずが痛くなって歯医者に行ったら、下の親知らずが斜めに生えているので、隣の歯を圧迫するから痛くなると言われた。ただ、しばらくは様子を見た方がいいって。

ロサンにいたころ、試験の時期になると親知らずが痛んだ。ストレスがたまると、親知らずが伸びようとするんだと固く信じていた。隣の歯を圧迫するのだ。でも抜くのは大変。バーでピスタチオを食べるがごとく、アスピリンを飲んだ (アメリカ人そのもの)。黄緑色の鼻水が出たのも、この頃である。

サラリーマンになると試験はないので、親知らず問題はなくなった。

・・・というか、忘れていた。先週までは。

年始以来のストレスと、大嫌いな夏のせいで久々に親知らずが痛くなった。隣の歯を圧迫しているのだ。いまなら保険も気にしないで歯医者に行ける。

で、歯医者に行った。近所の歯医者である。腕のいいオッチャンらしい。

そうしたら、オッチャンに「歯茎が痛いのか、歯が痛いのか分かる?」と聞かれた。

その違いは良く分からない。どっちだっていいじゃないか。どうせ斜めに生えている歯が悪いのだから。

するとオッチャンは上の親知らずが下の歯茎を圧迫して炎症を起こしているに違いないというのである。「レントゲンを見ると、この下の歯は伸びる力ないね」だって。

は? 歯だけに。

「上の歯は真っ直ぐ生えてるからね。出っ張っているところもあるし。これが伸びようとしているのか、ストレスで無意識に歯を食いしばっているのかどっちかじゃないかなー」

不景気の時代に歯を食いしばって生きる。文字通りだ。

「こんなのすぐ抜けるからね。しばらく抗生物質で様子を見て、気になるんなら抜いちゃえば。ぼくの見立てが悪くて、もし下の歯が原因だったとしても、上の親知らずは抜いても大丈夫だから。でも本当に下だったら、骨の中だから、うちじゃ無理だよ」

15年間信じていたものが崩れた気がした。

水曜日の夜の出来事である。

そして、さっき抜いてきた。アッサリしたもんである。順番待ちで30分、麻酔に5分、抜歯に3分、止血に20分、支払に2分。1時間後には抜いた歯を持たされて外に出ていた。

15年間の誤解とは1時間余りで決別した。少し大人になった気がした。