ぐらなだのおもいで

僕の場合はスペインというとバルセロナが頭に浮かぶ。その次はバスク地方、そしてマドリッドである。

世界史をサボった僕には思い浮かばないが、スペインといえばグラナダという人は多い。グラナダというと、僕には無料タパスの街くらいの認識しかないが、世間的にはアルハンブラ宮殿の街である。

短いモロッコ滞在の後、スペインのグラナダにやってきた。

グラナダではアルハンブラ宮殿が見えるアパートを見つけた。サン・ニコラス展望台がアルハンブラ宮殿の夕景ビューポイントとのことだが、似たような風景がアパートの共用テラスから見られる。グラナダに到着した日、缶ビールを持ってアパートのテラスにアルハンブラを見に行った。日没40分くらい前だった。

たしかに大きい宮殿である。が、しかし、どう見ても地味で趣もない。アパート前の路地のほうが遥かに良い雰囲気である。不条理だ。

そして日没を迎え、ライトアップの時間になった。が、しかし、どう見ても地味で趣もない。わざわざ日没時に見に行くようなものだろうか。どう考えても不条理だ。

ややガッカリしながら、部屋に戻ろうと思った。バルへ飲みに行く頃合いである。が、しかし、テラスの鍵が開けられない。閉じ込められてしまった。幸いにも携帯を持っていたのでアパート管理人の緊急連絡先に電話し、管理人の手配で近所のオバチャンに救出に来てもらった。日没は20時半前後だが、テラスは20時に閉まるとのこと。この街は不条理すぎる。

アルハンブラの入場チケットは事前にネットで予約でき、そもそも当日券は長蛇の列らしいので、3回分のチケットを事前に取っておいた。朝1回、夕方1回、そして夜1回である。そういえばサグラダファミリアも3回行って2回入場している。観光といっても写真を撮るのがメインなので、僕の場合そういうものだろう。光線状態を変えて、じっくり楽しみたいタイプなのだ。

とは言うものの、アパートのテラスから見たアルハンブラは地味すぎだった。何度も行く価値があるのだろうか。1回行けば十分なのではないか。

疑問を持ちながらも翌日の夕方にアルハンブラへ行ってみると、たしかに広大で、美しい庭園もあるが、やっぱり全体的に地味である。この際、マーライオンの代わりにアルハンブラを世界3大ガッカリに加えてもいいのではないかと思った。ナスル朝宮殿を見るまでは。

ナスル朝宮殿はすごかった。精巧かつ雄大な建築。豪華絢爛でゴージャスである。巨大さだけが取り柄のような、地味なアルハンブラの外観からは想像がつかない。

「脱いでもスゴイ」タイプの女優さんがいるが、アルハンブラの場合は「脱いだらスゴイ」タイプである。アルハンブラは世界遺産だけに、例えるなら昭和の日活ロマンポルノの女優さんだろうか。

・・・。なんとかナスル朝宮殿を描写してみようと思ったが、精緻かつ雄大で文学的な表現は思いつかず、僕自身の表現力のなさ、ボキャブラリー不足に不徳の念を禁じ得ない。

しかし、夕方とはいえ、夏のナスル朝宮殿は暑く、建物にさしこむ日差しが強すぎた。光がフラットすぎて陰影がなく、建物の細部の精巧さが失われている。

結果的にナスル朝宮殿は夜が良かった。宮殿内は心地いい程度に涼しくなっている。そして宮殿内が効果的にライトアップされており、陰影に富んでいる。そのおかげで宮殿内の精巧な装飾が楽しめるし、しかも神秘的である。思い起こせば、陰影こそロマンポルノがロマンポルノたる所以である。

アルハンブラ宮殿の経験から学ぶことは多い。

物事は見かけによらない。不条理と思えるような表層の奥に、本質が隠されている。

明るく照らされているからといって、全てが明白ではない。陰影を見極めてこそ、そこに本質を見つけられる。

アルハンブラ宮殿 (と日活ロマンポルノ) が教えてくれることは人生の真髄である。

あんだるしあのおもいで

モロッコから脱出し、スペインのアンダルシア州に向かった。できればジブラルタル海峡を船で渡ってスペインに行きたかったのだが、諸々の日程を考えてギブアップ。

飛行機でグラナダへ向かい、夕刻、宿にチェックインした。フロントで地図を貰い、バルを求めて街へ出た。

最初はアルバイシン地区でバルを探した。古い下町エリアだが、最近は観光客も多いらしく、小奇麗に改装されている店が多い。

そんななか、1軒のバルが気になった。古くて暗い店内、壁はフラメンコのポスターばかりである。店の音楽もフラメンコだ。このバルは基本的にオバチャンばかりで運営されており、仕事の傍ら、オバチャンたちが曲に合わせて鼻歌を歌い、そして踊っている。

その店で少し飲み、さらに街へ出てみた。中心街には観光客向けの店が多い。少し探して渋いバルを見つけた。ベルモットなどは樽から売っている。そんなバルでフラメンコの赤いドレスを着た女性がビールを飲んでいた。どこかで舞台が終わった後だろうか。さっきのオバチャンたちとは大違いだ。

グラナダのバルは、タパスが無料なので有名である。飲み物を頼むと、もれなく小皿のタパスがついてくる。オリーブ程度の時もあるが、肉の煮込みとか、オムレツとか、しっかりしたものが出てくることも多い。どの店でも1杯目と2杯目では必ず違うタパスが出てきた。ある店で4杯目か5杯目を飲んでいるオッサンを見かけたが、全て違うタパスが出ていた。こんな調子なので、バルを数軒はしごしてダラダラと飲んでいると満腹になっている。

ところで事前に調べたところ、グラナダ市内には市場がある。外国へ行った時には市場を見に行くようにしており、グラナダでも市場は外せない。もっとも、スペインの場合、市場を見るだけではなく、市場で買い物もしたい。宿の部屋で飲むビールのつまみに、生ハムとオリーブを買うのだ。

翌朝、観光を始める前に市場へ向かった。

肉屋の店先には椅子があり、レジにはビールが置いてあった。朝10時。たぶん飲み始めるには良い頃合いである。生ハム100gとビールを頼んだ。飲みながら店を見ていると、家族連れがやってきた。どうやら1kgくらい生ハムを注文したらしく、肉屋の兄ちゃんは必死で生ハムを切っていた。切られた生ハムが包み紙に積み上がっていくが、横から子供の手が伸び、たまに肉が消えていく。

ひとしきり生ハムを食べた後、市場をブラブラする。オリーブを売っている惣菜屋の店先にも椅子があった。ここの客はオリーブを片手にベルモットを飲んでいる。僕もベルモットを頼み、もちろん僕のベルモットにもオリーブの小皿がついてきた。昨夜のバルの無料オリーブは味が濃かったが、ここのオリーブはマイルドに程よく漬かっている。これを買って帰ろう。

まだ昼前なのに2杯も飲んでしまった。生ハムとオリーブを買いに来たはずなのに、なぜか生ハムとオリーブを食べ、しかも軽く酔っている。

タジンとミントティーしか注文できなかったモロッコからは大きく変わり、朝からダラダラと快楽に流されている。

スペインは天国である。

すぺいんのおもいで

シャウエンで2泊してからタンジェへ戻り、飛行機でスペインに向かった。

モロッコ国内での移動時間も含め、約50時間のモロッコ滞在だった。せっかくアフリカ大陸まで来たのだから、もう少しモロッコを旅しても良かったのだが、どうもモロッコには苦手な要素がありそうで恐れていたのだ。

世界一周系のブログを読むと、たしかにインド好きは多いが、一般的に旅行先としてはインドが一番ヤバいらしい。しつこい挙句に騙されるようだ。そしてインドの次に来るのが、モロッコとエジプトとのことである。僕の場合はトルコですら、偽ガイドと絨毯売りにつきまとわれて閉口していた。それより激しいのには耐えられそうにない。

モロッコで騙されるとすればショッピングだろうが、しかし何を買ったらいいか分からない。シャウエンに向かう車中から外を眺めていると、路肩でタジンの鍋を売っている売店を何軒も見た。たしかにモロッコぽい買い物ではあるが、わざわざ重いタジン鍋を買って帰る必要はなさそうに思えた。手軽なものと言えばモロッコ風デザインの雑貨だが、ベトナム製だったりしそうだし、部屋にモノが増えるのも困る。結局、モロッコのショッピングはアルガンオイルくらいしか思いつかない。

シャウエンは小さな町であり、アルガンオイルの専門店は無いようだ。一部の土産物店でアルガンオイルを売っていた。そのなかでも品揃えの良い店に目を付け、乗り込んでみた。

店を見ているとオヤジに話しかけられる。アルガンオイルが欲しいというと、ざっくりと商品説明をされる。とはいえ、どのアルガンオイルも同じに見える。決めかねていると、プラスチックボトルに入ったものはチープであり、ガラス瓶に入ったものがハイクオリティーとのことである。

心の底から納得するには決め手に欠く説明だが、とくに反論するだけの材料もない。

しばらくすると「このアルガンオイルがいいぞ」とのことである。瓶に入っているからハイクオリティーだし、店主の親戚の農園とのことである。ベリーグッド。

利益率が高いものを売りたいだけなのではないか。

そんな疑惑が生まれたが、別の店に行くのも面倒くさいので、値段を聞いた。すると何本買いたいのか、との質問。質問に質問で返される店はキライだ。

ここから交渉が始まるが、そもそも値段を知らないので、落とし所が分からない。この手の交渉は苦手なので、たぶん高い代金を払わされたと思う。そしてレシートのない現金決済。

結局のところ、どういう買い物をしたのか定かではない。質は良いのか悪いのか、平均的な利ザヤから見て相当ボラれているのか一般的なボラれ方なのか。アルガンオイルを買ったと思っているが、実はオリーブオイルだったかもしれない。モロッコの税制については全く知識がないが、ちゃんと店の売り上げから消費税や所得税などの税金は支払われるのか。

面倒くさいし、なんとなく不透明感の残る取引形態である。値札のある店で買い物がしたい。クレジットカードで払いたい。

とはいえ、シャウエンは田舎なせいか、都市部に比べると交渉自体はマイルドらしい。

しかし僕には一軒で十分だった。街をブラブラと歩いていて、モロッコのスリッパであるバブーシュが欲しいと思ったが、別の店でバブーシュの価格交渉をする気力はなくなった。

前日、モロッコに着いた時には、オープンな気持ちでモロッコに滞在してみようと思った。しかし、どうやら僕は心理的な敷居の高さから逃れられないようだ。改心は一日しか持たなかった。

早々にモロッコから脱出し、スペインでスーパーに行こう。値札がついて明朗会計だし、POSレジでレシートも発行される。クレジットカードでも支払える。

僕は文明に毒されているのだろうか。