おっさんじんせい

近所の集いで花見に行ったところ、準備中、ぎっくり腰になった。とはいうものの、直後には痛いながらも立てており、しかも花見会場から20分ほど歩いて帰った。

思えばこれが悪かった。軽く考えすぎていたのである。

帰宅後、ふてくされて寝ようと思い、その前に風呂に入ったところ、風呂から出られなくなってしまった。しゃがんだのが悪かったようである。何度か失敗した後、死にかけたカエルのような格好で風呂から出た。そして全裸で部屋まで這って戻ったが、どうにもパンツがはけない。

悪戦苦闘してパンツをはいた後、人生の当面の諸課題を検討したところ、トイレに行けないことが判明した。這ってトイレまで行くことはできたが、用を足す体勢になれなかったのである。結局、母親に頼み込んで尿瓶を買ってきてもらった。

ぎっくり腰になって、70を過ぎた母親に尿瓶を買ってきてもらう独身中年男。

こんな人生で良いのだろうか。

人生が低空飛行になって久しい。それでも最低高度で飛行しているつもりだったが、気付かないうちに沼地に不時着していたのではないか。そしてズブズブと沈みつつあるのではないか。

2月に風邪を引いたが、その前後から不調である。

家に帰っても大してやることがないので早めに寝ているが、平日は1日10時間くらい寝ている。成人としては過剰な睡眠時間である。IKEAで買ったベッドを使用しているが、どうにも柔らかすぎで腰が痛くなる。おそらく毎日10時間も寝るようにはできていないのだろう。

ベッドにダンボールを敷いて、ベッドを硬くしてみた。アイデアとしては悪くないが、睡眠に適正なダンボールは世の中には存在しない。柔らかめのダンボール箱は概してサイズが小さくて睡眠には不向きだし、身長をカバーできるようなサイズのダンボールは概して硬い。しばらく硬め段ボールのベッドで過ごしてみたところ、腰痛はなくなったが、睡眠が快適ではない。眠りが浅いし、途中で何度も起きる。いい年こいて段ボールを敷いたベッドに寝るのもどうかとも思う。止むを得ずベッドを買い換えた。身体的ダメージは軽減されたものの、経済的ダメージは大きい。

ベッドを買いに家具店のショールームへ行き、寝たり起きたりしていたところ、靴がボロボロになっていることに気付いた。いい年こいてボロボロの革靴を履いているのもどうかと思う。新しい靴に替えたところ、靴擦れができてしまった。傷口としては小さいが、僕の体重という過大な負荷がかかり、ダメージが大きい。会社に行くと思うだけで精神的に暗くなるが、靴を履くと思うと更に暗くなった。

そうこうしているうちに口内炎もできてしまった。こちらも傷口としては小さいが、起きているうちは常に痛いし、食欲も失われる。肉体的にも精神的にもダメージが大きい。

そんなダメージの大きい生活を送っていたところ、人生最大のぎっくり腰が発生してしまったのである。

ぎっくり腰になった日の夕方、買ってきてもらった尿瓶で用を足し、仮眠をとったところ、症状は悪化していた。飲食のために起き上がるどころか、寝返りさえもできなくなっていた。しかも、ぎっくり腰とは何の脈絡もなく、38度の熱まで出ていた。

吸飲みと尿瓶とで暗澹たる一夜を過ごした後、翌日の午後にかかりつけの鍼灸師が往診に来てくれた。15分ほどブスブスと針を刺されていたところ、なんとか歩けるようになった。ありがたいことである。

その後、一週間程度で回復した。人生の沼地から這い出したのか、最悪期は脱したようだ。

オッサン人生に効く鍼灸はないものだろうか。

ぐあなふぁとしゅうのおもいで

酒好きのオッサンなので、旅に出ると、その土地の蒸留所を訪ねる事が多い。

メキシコといえばテキーラである。

テキーラと名乗るには原産地や原材料、製法などの制約がある。中心となる産地はハリスコ州のテキーラ村。このテキーラ村に昔から行ってみたかったのだ。テキーラ村に数泊して、気の向くまま蒸留所を訪ねてみたい。

犯罪小説の読みすぎかもしれないが、メキシコというと、血も涙もない麻薬組織、腐敗した地元警察である。実際、治安状況は悪く、場所によっては日本の外務省の基準でレベル2の警報が出ている。観光地を訪れる日本人旅行者は基本的に問題ないような書き方になっているが、メキシカンぽく見える日本人は大丈夫なのだろうか。

元上司がメキシコ駐在員だったので聞いてみたところ、安全には留意しすぎることはないとのこと。別の人に紹介してもらったメキシコ在住の人には、普通のツアーなら問題ないが、気の向くままの旅は止めろと言われた。両名共通のアドバイスとして、陸路での長距離移動は避けた方がいいとのことだった。

そしてテキーラ蒸留所めぐりは数年前に挫折した。

今回、ピンポイントでのグアナファト行きを決意した後で調べてみると、グアナファト州にもテキーラの蒸留所があった。グアナファト州の治安は全体的に悪くないようである。色々と調べてみると、タクシーを1日チャーターするのがいいらしい。

ホテルに着いた当日、フロントの兄ちゃんにタクシー会社へ電話してもらう。タクシーを半日チャーターして1700ペソ。まったく相場が分からないし、フロント兄ちゃんに値切ってもらうべきなのかも分からない。言われるがままである。それでも旅行代理店に車を頼むよりは安そうだ。

最終日にホテルをチェックアウトしていると、タクシーのオッサンがやってきた。安いだけあって、メキシカンが普通に乗っているボロいタクシーである。ニッサンの古いマニュアル車。旅行代理店で手配してくれるような車のフカフカな座席には程遠いし、冬なのに日中は暑いがクーラーはない。

そんな車でグアナファトの街を出た。途中までは幹線道路を走るが、途中で脇道に入る。周囲は砂漠と農園しかない。このまま誘拐されても、脅迫状が届くまで誰にも気付かれないだろう。

借り切り料金なのでボラられる心配はないが、車中、事前にプリントアウトしておいたGoogle Mapでルートを確認する。「道は分かっているので、変な所に行くなよ」という小心オッサンのアピールである。頼むから誘拐しないで。

途中で雲行きが怪しくなった。

タクシーのオッサン自身が道をなんとなくしか分かっておらず、本気で道に迷ったのだ。

普通、見知らぬ土地で運転手が道に迷うと不安な気持ちになるはずであるが、今回の僕は安心した。道に迷って焦っているオッサンには、外国人を誘拐するような裏のネットワークはないはずである。

冬なのに暑いクーラーなしのボロいニッサンではあったが、僕はロールスロイスに乗った王様のようにリラックスした気分で車中を過ごした。

ぐあなふぁとのおもいで

中南米へ旅に出るのは敷居が高い。

たとえば、治安の問題。スリ程度では済まないような事態に巻き込まれるリスクが高い、ということがある。

しかし、それ以前の問題として、遠い。アメリカ西海岸まで10時間、そこから更に国際線のフライトである。アメリカの場合は国際線~国際線の乗り継ぎでも入国させられるので時間が無駄になるし、そもそも入国時にテロリストか不法移民の候補扱いされるのもイヤだ。それに、どうもアメリカからの帰りのフライトで時差ボケになりやすい。

遠さという側面で言えば、苦手意識は2度のキューバ行きで慣れてきた。そして、いまやESTAによって僕の個人情報は連邦政府に登録されているので、とりあえず無難なオッサンとしてアメリカ入国できる。オッサンになって鈍感になったせいか、時差ボケも最近は経験しない。

ところで、ネットを見ていたところ、美しい街がメキシコにあった。グアナファトである。夕暮れの街が素晴らしい。

過去、何度かメキシコ行きを諦めていたのだが、アメリカ経由の苦手意識を克服できたことでもあるし、やっぱりメキシコに行ってみようか。調べたところ、グアナファトは観光地であり、治安の問題は少ない。この街へ行くだけなら問題ないようだ。

行くと決めれば大して悩む必要はない。最初にグアナファトの写真を見たときに調べたところ、街を見下ろす丘の上に小さいホテルがあった。ここに泊まりたい。

ホテルはネットの予約サイトで取った。部屋数が少ないホテルなので、日程がタイトな場合には早めにホテルをおさえる必要がある。

若いうちなら早朝の到着でも何ということもないが、もうオッサンであり、長旅の後の早朝には、とりあえず部屋は欲しい。幸いホテル代が高いわけではないので、1泊余分に払ってレイトチェックインしようと思った。

未到着で部屋をキャンセルされても困るので、早朝に着く旨をホテルにメールした。が、その返事が来ない。英語で2度メールしても一向に返事が来ず、FAXを送ると不着になる。

そこそこ旅慣れている方だとは思うが、ここまでホテルと連絡がつかないのは珍しい。

最後の手段でGoogle翻訳を使ってスペイン語のメールを送ったところ、やっと数週間後に返事がきた。それに勢いづいて、空港からホテルまでの送迎などの手配を聞いてみたが、再び沈黙の世界。

とりあえず空港のタクシーは問題なさそうだったので、諦めて旅に出た。ホテルまでは辿りつけるとして、本当に予約した部屋はあるのか?

早朝のグアナファトに着くと、はたして部屋はあった。高級ホテルというわけではないのだが、実際、快適で良いホテルだった。フロントの兄ちゃんたちも親切である。メールの返事が来ないのは、それがメキシコだからなのだろう。

丸4日間の滞在で問題は一つだけ。妙に部屋が寒い。メキシコには常夏なイメージがあり、1月でも日中は20度を超える。しかし、夜は寒い。最低気温は5度くらいまで下がる。そんな場所なのに空調設備が全くないコンクリートの建物だった。しかもホテルは南西の斜面に建っており、建物に日の当たる時間は限りなく短い。結果的に、外気温に関わらずホテルの中は冷え冷えとしており、それでも夕方くらいまではビールを飲む気になれるが、夜は毛布にくるまって寝ているしかない。

それ以外は問題なく過ごしたが、チェックアウト時に問題発生。ホテル予約サイトで前払いをしていたのだが、フロントのおねいさん曰く、ホテルと予約サイトの間に前払い契約はないとのこと。念のために予約サイトから貰った領収書のコピーを持って行ったが、そんなものは通用しない。前払い契約がないのが前提であれば、前払い領収書と称するものを信用するわけがないからである。

念には念を入れてみたつもりだったが、ツメが甘かった。そもそもメールの返信が来ないホテルに前払いをした段階で、こんな状況は想像がついたはずである。

日本に戻り、ホテルでの支払い時にもらった領収書を添付して予約サイトに返金を求めた。予約サイト曰く、ホテルと連絡が取れないとのこと。その状況も想像がつく。

ほぼ1カ月後、ようやくホテルと連絡がついたので返金すると返事が来た。