じょーじたうんのおもいで

人は人生において、しばしば道に迷う。下手をすると、道を踏み誤る。迷うも踏み誤るも大した違いはなさそうにも見えるが、迷うくらいだと多少の経済的損失で済みそうなところ、踏み誤ると法律の下で更生する必要が出てきそうな気がする。

僕はジョージタウンで、しばしば道に迷う。

前回、ジョージタウンで道に迷っていると、なんだか素晴らしい通りを見つけた。

ジョージタウンといえば、植民地時代のイギリス風の建物もいいが、ショップハウスというローカルな古い街並みがいい。ただ、電飾の看板が付いていたり、手をかけられていなくてボロボロだったり、なんとなく落ち着かないことも多い。

その通りの一角には、手をかけられてホテルになっているシッョプハウスがあったり、その他の普通の民家もなんとなく地味で風情があったりと、落ち着くのである。

その時は炎天下で道に迷っていたので、絶望的になりながら通り過ぎただけだった。

今回もその通りを訪ねてみたいと思っていたが、ホテルの名前も忘れてしまったし、地図からは場所の想像がつかない。

それでも相変わらず道に迷っていたところ、なんとなく同じ通りにたどり着いた。

黄昏時、そんな道を歩くと実にいい。夕立後は多少涼しくて、心に余裕もある。

場合によっては道に迷うのも悪くないと思った。ただし、スコールがあるせいか、ジョージタウンの側溝は深めに作られており、道を踏み誤ると更生の道のりは厳しい。

まれーしあのおもいで

基本的に年末年始は仕事になるので、1月に代休を取る。

無理をすれば5日あるとヨーロッパに行けるので、昨年はシチリアに行ってみたが、完全にオフシーズンだった。南イタリアといえば一年中あたたかいようなイメージがあったが、ヨーロッパの冬は寒いと相場が決まっていたのだった。イメージ先行の計画は完敗だった。

その反省も踏まえつつ、暖かいところを目指そうと思った。しかし腹の出たオッサンにビーチは似合わない。

そんなこんなでマレーシア。2013年10月に行ったばかりだが、あの時は暑かった。秋になって日本が涼しくなったと思ったのに、旅に出たら32〜33度あって懲りたのだ。旅行の計画を立てたのが夏前だったので、暑さは考慮の対象外だった。いつもながら、ほころびのある計画である。

そんなマレーシアも、冬なら適度な温度ではないか。無理して4日で行ってみようではないか。

そんな期待とともにシンガポール経由でペナン島のジョージタウン。マレーシア第二の都市といえども、わりとコンパクトな街なので3日ほどで十分である。

確かに冬のせいか、33度というわけではない。しかし適温ではない。暑い。連日30〜31度ある。冬でも夏でも大した違いはない。

しかも暑いだけならともかく、日差しが強い。日本と同じ太陽とは思えないほどである。急激に焼かれたせいか、ちょっと外に出ているだけで顔も腕も痛い。冬の太陽に慣れ親しんだせいか、日焼け止めという概念は全くなかった。

相変わらずツメの甘い人生である。

おしょうがつ

北半球の宿命とはいえ、年末年始は寒い。そして新年のカウントダウンは宿命的に夜である。

寒いのに深夜。

これがカウントダウンが嫌いな一因である。ほかにも人混みが嫌いだとか、ノリが悪いとか、人付き合いが悪いとか様々な要因があるが、結果的に12月31日の夜に出歩くことはない。

寒い中を人混みに出かけることは、日中であってもしないので、初詣もしない。正月は人気のない職場で適当に仕事をして、あとは家に籠っているのがいい。

今年は何故か1月2日が休みだった。もっとも休めるのと分かったのが12月30日。31日は会社へ行き、1月1日から無駄な4連休である。ゴロゴロと無駄に過ごすしかない。

年末にそんな予定を話すと、寝正月はカビが生えるから良くないとのこと。寝てばかりいないで、規則正しい生活リズムを維持し、散歩程度でもいいから街へ出るべきだとの指摘を受けた。

もっともである。

しかし、もっともな指摘を真に受けたことが人生であっただろうか。

ないわけではない。

間に受けたのは、役に立たない投資信託の話と、ホラ話と、悪い冗談くらいである。しかし、それでも、真に受けた時には、もっともだと思ったものだ。

反省するだけならサルでもできるというが、サルでも何度か失敗すれば学ぶ。さすがに僕も学ぶ。

当初もっともだと思った指摘は誤っている。もっともな指摘を真に受けてはいけないのである。学びから導き出された叡智である。

そんなこんなで寝正月を過ごした。2001年にさかのぼってデジカメの写真を整理し、あとはゴロゴロと無駄に過ごす。年末に飲み過ぎた分を取り繕うべく、12月31日から1月2日まで禁酒をしてみたが、酒を飲まないと昼夜逆転の生活を送るようになり、入浴のタイミングをのがす。年末から4日間ほど入浴しないでいると、出かけていないのに臭い。寝正月でカビが生えるのは事実だったかもしれないとの疑いを持つ。

そして1月5日に万難を振り払って会社に行った。デスクで座っていても集中力なく、午後には帰って寝たくなる。睡魔の彼方に、規則正しい生活リズムを維持すべきという指摘がよみがえる。

いずれも、もっともである。

うつむき気味に職場を出て、ストレッチ教室に行った。寝正月の間に体はガチガチになっていた。なんとかマイナス15cmに到達した前屈も、マイナス20cmに逆戻り。寝てばかりいるのは体に良くないとインストラクターの兄ちゃんに指摘される。

もっともである。

もっともだと思ったことは真に受けてはいけないと、人生から学んできたつもりだったが、学びから導き出された叡智は過りだった。

僕はサル以下かもしれない。そんな疑惑が芽生えた、年の初めの一日だった。

ねんがじょう

いつの頃からか年賀状の返事を出さなくなった。

基本的には虚礼廃止ということである。年に一枚のハガキだけが取り持つ人間関係。デジタルな時代、もうちょっと合理的にならないものかと思った。

しかし、つきつめて考えると、僕には謹賀新年の心がわからないのである。

年が変わったくらいで、なぜ祝うのか。そんなに新年めでたいのだろうか。そんなにハッピーなら、月が変わるごとに祝ってもいいではないか。日が変わることを祝って、毎日カウントダウン大宴会しよう。

良い年をお迎えくださいなどというが、良い年かどうかは終わってみるまでわからない。むしろ、良い年を終わることができますようにと、年末に挨拶するのがふさわしい。そうすると、今年はダメだったなぁと暗い気持ちになるから、そういう場合は酒場で一人さびしく飲むのがいい。

そんな後ろ向きの人生を過ごしていると、結果的に年賀状が7枚しか来なくなった。バーと旅館を除くと4枚。

ここに人間関係の本質を見た気がする。僕自身が礼を失したオッサンであるのは間違いないが、本質的に人間関係とはギブアンドテイクである。ギブしなければリストから抹消されてしまう。僕は、大多数の人にとって、返事をしなければ年にハガキ一枚程度の習慣性すらも維持してもらえないような、52円相当の価値もないオッサンなのである。

逆に言えば、2015年1月1日現在の僕自身の真の価値は208円 (税込) といえる。本体価格は193円だが、僕のために税金を払ってくれるのだから、税込価格が僕の価値と思っていいはずである。

208円程度の男。このままでは死んでも誰も葬式に来てくれなくなる可能性がある。非合理的でもいいから、虚礼でもいいから、アナログを再開しよう。謹賀新日のハガキを毎日だそう。そして一人あたり18,980円の価値のある男になろう。僕の価値もアベノミクスしてみよう。

これを来年の課題としたい。

としのくれ

12月に入り、今年を振り返ってみると、あまり芳しくない一年だったとの思いに至る。ここ数年、同じような結論に達することが多いが、それでも大相撲風に言えば8勝7敗で何とか勝ち越していたのが、今年は負け越した気がする。

そんなことを考えながら街を歩いていると、ふと、人生に寂しさを感じた。人間としての至らなさに思いいたり、冷たい北風の中、人通りの少ない道を背中の丸めてトボトボ歩く。哀愁というよりも、もはや哀臭の漂うオッサンである。このままで良いのだろうか。

それではダメだと思った。まだまだ枯れるわけにはいかない。草食系はダメである。ガツガツと肉食系なオヤジになろう。

が、しかし、ぼくはオッサンである。オヤジたちほどのバイタリティはない。早起きは苦手だし、いまさら社交的になるのも大変だし、本格的な自己改革は難しそうだ。千里の道も一歩から。まずは簡単なところからスタートだ。

近所の定食屋はやめて、トンカツ屋でカツ丼を食べよう。そう思った。肉肉しい揚げ物、卵、そして大量の白米。上カツ丼の大盛だ。

胸を張って定食屋を通り越し、トンカツ屋に向かう。

が、しかし、トンカツ屋は休みだった。

が、しかし、トンカツ屋が休みだからといって、このままオメオメと引き下がっていいのだろうか。

次善の策として大戸屋に向かった。カツ重なら大戸屋にあるはずだ。この際、カツ丼もカツ重も同じではないか。

大戸屋にはメニューがある。メニューにはカロリーが書いてある。そしてメニューがあるということは、選択肢があるということである。人生に対する疑問は脇によけておき、生活習慣に対する疑問が湧き上がる。

・カツ重なんて食べていていいんだろうか。せめてトンカツにすべきではないだろうか。
・ブタ肉なんて食べていていいんだろうか。せめて鶏肉にすべきではないだろうか。
・揚げ物を食べたのに、さらに白米を食べてもいいんだろうか。五穀米にすべきではないだろうか。

いつの間にか「唐揚げ定食、五穀米、ご飯少なめ」と注文している自分自身がいた。揚げ物という以外、上カツ丼大盛とは何の関わりもない。

そして唐揚げを前に、再び人間としての至らなさについて考えた。人生の改革は難しい。バイタリティも決断力もないが、しかし何かしなくてはいけない。千里の道も一歩から。だ。

とりあえず早起きでもしてみようと思った。早起きして朝食を食べたら、人生変わるかもしれない。ふたたび安直なスタート。

翌朝、ふと気付くと普段の起床時間だった。寝すぎた頭で呆然としていると、出勤時間に間に合わず、タクシーで会社に行った。

やっぱり自己改革は難しい。