細部に宿る / 台湾・藍皮解憂号

Taiwan Railway Locomotive

Breezy Blue

Taiwan Railway Passenger Car

Pacific Ocean from Breezy Blue

旅行の醍醐味は、実は計画段階にあると思っている。僕は時間をかけて細かい旅程を作り込んでおり、かなりの労力を費やしている。神は細部に宿るのである。

今年の台湾旅行では、事前に天候の判断がつかず、阿里山トレッキングの計画を諦めたまま旅立つことになってしまった。台中に着いたところ、思いのほか天候予報が良かったので、阿里山計画の復活を試みた。計画の大筋は記憶していたが、ホテルの名前すら忘れてしまっており、トレッキング地図などの資料も家に置いてきてしまった。それでも記憶を呼び起こしながら再計画をしたが、なかなか思考力を要する作業だった。

阿里山森林鉄道のチケットが取れなかったので、阿里山訪問は挫折し、結果的に阿里山森林鉄道の撮影をする事にした。手元のガイドブックには阿里山森林鉄道の乗り方は書いてあるが、その撮影場所までは書かれていなかった。初期段階からのリサーチが必要である。

台中では家族の旅行ガイドをしており、スキマ時間を見付けて予定を立てる必要があった。苦労して調査した後、ようやく阿里山森林鉄道の撮影予定が出来上がった。森林鉄道を撮影した後、嘉義で市場と製糖工場跡地を見る事にしたが、それでも昼過ぎで終わってしまう予定にしかならない。

これだけの予定を組んだところ既に深夜であり、嘉義での予定が終わった後、どうするか考える思考力は無くなってしまった。

翌日も旅行ガイド業務があった。そのスキマ時間を諸々の手配に充てることを考えると、僕の時間には更に限りがあった。旅行前にバックアップとして漠然と考えていた計画から、時間的にマッチするものを切り取るしかない。候補となっていたのは、基隆、高雄、台東だった。これだけ地域的に広がりがあれば、どこかしら天候が良いだろうとの選択である。

嘉義から最も近いのは高雄で、時間的には高雄灯台の日没に間に合う。美しい灯台であり、しかも前回の訪問時は曇りだったので、晴れが期待できる日を逃す手はない。

問題は翌日である。高雄で見てみたい場所は、概ね訪問済だった。残るは夜景が凄いらしい寺院だが、そこは灯台に行った後でも十分だろう。美術館やショッピングには大して興味がないので、高雄で一日つぶすのは難しそうだ。

そうなると台東か基隆である。

僕は東京都台東区に住んでいたので、台湾の台東を見てみたいと思っていた。それなので前々から少し調べていたのだが、台東そのものには興味がありそうなスポットはなかった。一方、台東から田舎の方に行くと、美しい田園風景や海岸線がある。ただし台湾東部を公共交通機関で旅するのは、かなり難しそうだった。そもそも日帰りなので、どこへ行きたいかを絞り込む必要がある。そこまでの思考力は既に失われていた。

残るは基隆だが、僕にとってメインになるのは、午前3時くらいから始まる魚市場だった。しかし最南端の都市である高雄で夕陽を見た後で、台中や台北を通り越して、最北端の都市である基隆まで行くだろうか。確かに僕はアホだが、それでもアホらしい行為なのは限られた思考力でも判断ができた。

深夜に考えすぎて思考力を失い、選択肢はなくなってしまった。ここまで来ると、破れかぶれである。「思い付いた」というよりも「思い出した」と言う方が正解なのだろうが、昨年の正月に乗車した藍皮解憂号に乗ることにした。晴れ予報を活かせる唯一のアイデアであり、台湾の催行会社のサイトからギリギリのタミニングで予約できた。

当日は早朝に起きて、まずは地下鉄で左営駅へ向かった。藍皮解憂号に乗るためには枋寮へ行く必要があるが、そこまで行く快速列車が、地下鉄左営駅と隣接する、台湾国鉄の新左営駅始発なのだ。しかも台北に戻る新幹線も、同じく隣接する高鐵左営駅から乗車である。結局、実質的に全てが同じ駅なので、先回りして新左営駅のロッカーにスーツケースを入れれば、快速列車は始発なので必ず座れるし、身軽な旅もできるだろう。神は細部に宿るのだ。

想定通り新左営駅で快速列車の席は確保できたが、途中の高雄駅からでも十分に座れた。そもそも台湾南部のローカル線の需要は低いのだろう。

そこから先は概ね昨年と同じだった。当たり前である。唯一の違いは、平日だったせいか個人旅行の台湾人が移動手段として使っており、スーツケースは客車の網棚に載せれば良いと分かったくらいである。そもそも列車に乗るのがメインなので、荷物の持ち運びが少ない旅程なのだ。

結果的に、わざわざ早起きして新左営駅まで行って、ロッカーを使う必要はなかった。しかも台湾のロッカーは時間単位で課金されるようで、12時間ほど使ったら結構な額になってしまった。

思考力がない状態で考え過ぎるのは、まさしく考えものである。悪魔も細部に宿るのである。


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