あっぷかんとりーのおもいで

地上で最も魅力的な場所は蒸留所である。山よりもビーチよりも、正直、蒸留所がいい。

マイクロ・ブルワリーのブームの後、いまやマイクロ・ディスティラリーがブームらしい。そのせいか、マウイ島にも蒸留所があった。数軒が見学可能だったが、そのなかの一軒がラムを作っていたので、最終日の帰国前に行くことにした。

蒸留所はアップカントリーとよばれるエリアにあった。ハレアカラ山の麓のエリアである。よくよく考えたら、毎朝、ハレアカラに行っていたのである。ハレアカラの帰りに立ち寄ればよかった。もう最終日なので後悔はできない。

蒸留所はサトウキビ畑の真ん中にあった。蒸留所というよりも、むしろ倉庫の様である。ツアーに参加すると、酒造工程はHey, dudeとか言いそうな兄ちゃんが担当していた。見学の途中でマネージャーを紹介された。こちらはHey, mateとか言いそうなオッサンだった。どちらも短パン長髪である。

マウイで短パン長髪な酒造りの人生もあったかと思うと、いままでの人生は何だったのだろうかと思う。マウイに生まれていたら、いまごろは短パン長髪が似合っていたかもしれない。幼児のころに酒を覚えていたら、いまごろは酒造を生業としていたかもしれない。大人になって酒を覚えていなかったら、サーファーになっていたかもしれない。もうオッサンなので後悔しかできない。

人生に対する諦めの念を抱きつつ、マウイを去った。

まういのおもいで

ハワイといえば、結婚式をするか、ビーチでグダグダする場所の様に思えるが、ハワイ島のマウナ・ケア山など、山も充実している。

マウイ島にはハレアカラ山があり、山頂手前の標高3000メートルくらいまで車で行ける。この山から見るサンライズ、サンセットがいいらしい。夕方はビーチを見ながらビールを飲む必要があるので、サンライズを見に行くことにした。

到着した翌日、朝3時半に起きてシャワーを浴び、コーヒーを飲んで出発。2時間くらい運転すると、6時くらいに山頂に着いた。常夏の島であっても、日の出前の標高3000メートルはダウンを着ても寒い。ブラブラと山頂付近を散歩したのち、再び2時間ほど運転して戻る。途中でスーパーに立ち寄ったりして、ホテルに戻ったのは10時くらいだった。到着して1日も経っていないのに、なかなか過酷なスケジュールである。太陽きらめくビーチを眺めながら、買ってきたブランチをビールで流し込む。それにしても下界は暑い。

それなりに感動的なサンライズであったものの、ハレアカラからはハレアカラが見えないせいか、やや物足りない。

有名な山から見るサンライズは感動的であるが、絵的には物足りない。

僕はこの真理に高校時代に到達していた。文句なく晴れた日に槍ヶ岳に登ったが、サンライズとしてはイマイチだったのである。槍ヶ岳からは槍ヶ岳が見えないからである。槍ヶ岳を絡めて素晴らしいサンライズを見るには、岐阜県側に行く必要があったのだ。

そうはいってもハレアカラはハレアカラであり、そこに写真に残すべきサンライズがある限り、僕は登り続ける。大して歩かずに済む限りは。

翌日もハレアカラに行った。使ってこそのレンタカー。入山料が72時間有効だったせいでもある。サンダルと短パンを忘れたので、常夏のビーチでどう過ごすべきか分からないせいでもある。再び朝3時半に起きて・・・再びホテルに10時に戻ってきた。この日は山頂手前の展望台でサンライズを見た。

マウイの朝は過酷で少々感動的である。

毎朝3000メートル級の山にサンライズを見に行く。ハワイというよりも、スイスの様な過ごし方である。しかし、ハワイであるが故に、ブランチはベランダでグダグダと海を見ながら、ビールとシーフードサラダである。

こうしてみると、ハワイは奥が深い。山もあり、ビーチもある。ビールもうまい。常夏の島ゆえにビーチは冬なのに暑く、エアコンなしだと天国とは言えないかもしれないが、うまくすれば天国の手前くらいまでは行きつける可能性がある。

天国まで行くのは、天国に行かざるをえなくなってからでも遅くない。

はわいのおもいで

ある日、ドクターしんコロから結婚する連絡がきた。

僕が彼の債権者であるわけではなく、彼が僕の債権者であるわけでもなく、あまり知らされても大して意味がないのだが。たぶん、社会通念上、連絡してくれたのではないかと思う。めでたいことである。OMG、と返した。僕は性格的に捻くれているのである。

その後、結婚式をするので来ないかと連絡がきた。

僕が彼の債権者であるわけではなく、彼が僕の債権者であるわけでもなく、あまり知らされても大して意味がないのだが。たぶん、社会通念上、連絡してくれたのではないかと思う。場所はハワイだそうである。OMG、と返した。僕はオブラートに包むことを知らない性格である。

なぜ人は連絡するのか。一義的にはモノゴトを伝える必要があるからだが (例: 今月の電気代は9720円です)、連絡の結果として行動を期待されており (例: 電気代は来月10日までにお支払いください)、然るべき行動を取る必要がある (例: お支払いない場合は電気を止めます)。

僕の場合も、連絡を受けた以上、連絡の結果として行動を期待されており、然るべき行動を取る必要がある。

ところで、ハワイに行ったことはない。ハワイといえばホノルルだが、ホノルルがハワイ島にはないことは知っている。それ以上の知識はない。

翻って、然るべき行動とは何であろうか。あちらこちら不必要な旅に出ており、今更、「行ったことがない」もしくは「大した知識がない」という理由でハワイに行かないというのは論理的に成立しない。

なにか論理的に成立するシナリオがあるだろうか。「カナダと相容れないから」というのは悪くないアイデアだと思ったものの、地図を見るとハワイの方が手前にある。

堂々巡りの論理的思索のかたわら、ちょっと調べてみると、金曜日に会社の後で羽田空港からホノルル行きの深夜便に乗ると、現地時間で金曜の昼にはホノルルに着くらしい。同じ週末で金曜の夜が2回。素晴らしい。

ハワイといえばアロハな感じである。派手なシャツを着て、午後の早い時間から海を眺めながらビールを飲んでいれば、なんとなく一日が終わる。

ハワイが天国に思えた。

僕の左脳が論理的思索をしている間、僕の右脳は航空券を予約していた。結局のところ、人間とは動物であり、天国のような誘惑には弱い。

そして、2月末の金曜日、ハワイに向かった。

金曜午後のハワイは快晴だった。日差しは強く、気温も高い。誰かが常夏の島と言っていたが、確かに体感気温は真夏のようである。にも関わらず、宿泊したコンドミニアムにはクーラーがなかった。2月の東京といえば極寒と相場が決まっており、着いた日の夜には夏のような天候のせいで弱り始めていた。昨夏のハバナのホテルが頭をよぎる。

結局のところ、天国のような場所などない。パスカルは「人間は自然のうちで最も弱い葦の一茎にすぎない、だがそれは考える葦である」と言っていた。人間であるが故に、左脳の働きがある。右脳に突き動かされてはならない。

人生の厳しさを思い知ったハワイの夕刻である。