もひーと

実際のところ、二度目のハバナに至った理由は一軒のバーである。

ヘミングウェイが通っていたバーから南へ1ブロック。前回のハバナ滞在時、最終日の夕方にフラフラと入ったバーだ。店の名はRestaurante Castillo de Farnes。もう一度、ここに行きたかった。

なんの変哲もないレストラン兼バーである。そして、なんの変哲もないモヒートが出てくる。

とはいえ絶品である。

通りに面したテーブルがオープン席になっており、夕方になると、いい風が入ってくる。控えめに愛想のいい従業員が数人。混雑するでもなく、ガラガラというわけでもなく。時間帯によってはスペイン語のテレビ、運がいいと隣の店に入っているバンドの演奏。キューバ人の客は少ないが、観光客ばかりというわけでもない。ほどほどな日常感である。

そしてモヒート。

まずはミントを丁寧に扱っている。客のいないときは袋にいれて冷蔵庫にしまってあるし、使う前に茎やらダメな葉っぱやらを丁寧に取り分けている。それを念入りに潰す。ラムはドボドボいれるものの、ソーダはメジャーで測ってから入れるという、ちょっと分からないことになっているけど。そして最後にビターを数滴。

客の多いバーは、ミントをグラスに入れたまま出しっぱなしにしていたり、途中まで作りおいたりして、ちょっと雑然としており、結果的に大雑把な味になってしまっているが、ここは丁寧な仕事である。モヒートに限らず南方系のカクテルは大まかに作るものと誤解されがちであるが、丁寧な仕事には違いが出る。モヒートでもマティーニでも同じことなのだろう。

毎日、ここで砂糖抜きのモヒートを飲んでいた。ちょっとヘミングウェイぽい。ヘミングウェイみたいにバーの一席を潰して銅像を建ててもらうまでには至らなかったが、砂糖抜きモヒートの日本人として覚えられていた。しかも日を追うごとにラムの量が増えていく。

帰るべきバーが一軒ふえたのは素晴らしい。

きゅーばのおもいで

東京からシカゴ、トロントを経由してハバナに向かった。トロント18時発のエア・カナダに乗り、21時半頃にハバナに着いた。この時間のハバナはエールフランス、エアーヨーロッパあたりも到着していて、ちょっとしたラッシュである。

まずは入国審査の行列。あまりにも進まない。ラッシュといっても中型機が数機程度であり、人数的には大したことはない。しかし、どうにも遅い。無為に時が過ぎる。

入国審査を通り過ぎると、手荷物のX線検査を受ける。やや行列。武器弾薬の類を持っては飛行機に乗れないはずであり、いまさら手荷物検査をする意味がわからないが、そういう制度なのだろう。無為に時が過ぎる。

そんなこんなで荷物の引き取りに向かったものの、スーツケースが出てきていない。飛行機が着いてから一時間以上が経過しており、成田ならスカイライナーに乗っていてもいいようなタイミングだが、しかしスーツケースがない。無為に時が過ぎる。

やっとスーツケースが出てくると、つぎは税関かと気が重くなったが、意外に税関はフリーパスだった。

しかし世の中は甘くない。両替所が異様に行列している。キューバ国外での両替はできないので、必然的に全旅行者が一度は空港の両替所を利用することになるが、両替所が2箇所、それぞれ窓口が3つしかない。またまた行列である。無為に時が過ぎる。

しかも、両替はイイから、俺のタクシーに乗らないかという客引き運ちゃんが鬱陶しい。金がないのにタクシー乗れるのかと反論したくなるが、そういうことをいうとカモがネギを背負っていくようなものなので、あっさりとスルー。

やっと両替をすませると、先程まで売るほどいたタクシー運ちゃんは、絶滅危惧種のようにいない。なんとか強引にタクシーを探した。ソ連製のボロ車に乗り込むと、それでもハバナ最速のようなスピードで深夜の街を疾走していった。ホテルに着くと24時を回っており、うまいモヒートを一杯飲むという夢は儚く消え去った。

キューバの旅は出だしから厳しい。

まるた

人生をボケっと過ごしていると、オバマ政権がキューバとの国交回復を模索しているとのニュースを読んだ。

基本的にオバマ政権ともキューバとも縁のない生活を送っており、国交回復自体は僕の生活に変化をもたらすものではない。しかし旅行を中心に組み立てられている僕の人生には大きな影響がある。

良くも悪くも今日のキューバはアメリカの経済制裁の産物である。クラシックカー、ボロボロの電車、ほとんど手入れされていない旧市街。

今一度、そして、今のうちに、キューバに行くべきではないか。

昔、マルタという国に行ったことがある。シチリアの先にある島国である。

当時はEU加盟前で、マルタには不思議な国営バスのシステムがあった。バスのオーナーは個人事業主であり、彼らが英国統治時代の車両を改造して個人所有のバスにして、国営バス会社と契約して運転していた。というシステムだったと思う。ボロいけど、それぞれの個性があるバスが走っていた。

もう一度ゆっくりバスでマルタを旅をしたいと思っていた。

気付くとマルタはEUに加盟しており、安全面からも、EU基準の社会制度や企業統治の面からも、そんな国営バスの仕組みはなくなってしまっていた。数年前に知人がマルタに行った話を聞いたとき、古いバスはもう走っていないと聞いたのは衝撃的だった。
社会は移り変わるものであり、だから行けるうちに行っておくというのは大事なことである。

そんなこんなで、今年もキューバを目指すことにした。ハーシートレインというボロボロの電車は故障のために不定期の運行になっており、ハバナのラム工場は閉鎖されているとのことである。社会は移り変わっているのだ。

ふと気付くとアメリカとキューバは国交回復で合意していた。やっぱり行けるうちに行っておくのは大切なことである。