くろあちあのおもいで

今年の夏休みは、9月に紅葉のアラスカへ行こうと思い、春くらいから計画していた。ところが、7月中旬になって、9月には休めそうにないことが判明した。

慌てて休みが取れそうな日程を探したが、既に同僚が休みを宣言したりしていて、手頃な枠が見当たらない。7月半ばこそがヒマなタイミングだったのだが、これを逃してしまった。もっと早めに見切りをつけるべきだったと後悔した。

それでも、なんとか8月半ばに4日半を捻り出した。土日を入れれば6日半になる。深夜便を使いこなせば、北半球どこへでも行けそうな日数である。

予定を前倒ししてアラスカに行こうかと思ったものの、やはりアラスカは紅葉の時期に行きたい。あまり悩む時間はなく、そもそもピークシーズンに安い深夜便の選択肢は大してなく、ほぼ思考停止状態でエールフランスを取った。金曜日の夜、会社の帰りに羽田から飛行機に乗ると、土曜の早朝にパリに到着。翌週の木曜昼にパリを出ると、金曜朝に成田に帰ってこられる。そして午後から会社。過酷だが何とかなる。と思う。

パリから先は特にアイデアはない。しばし考えていたが、そういえばクロアチアのドブロブニクに行きたいと思っていたのだった。夏のアドリア海は混んでいるはずである。とりあえずホテルと航空券をおさえないといけない。

航空券を取った後でブログの旅行記を読んでいると、夏のドブロブニクは満員電車なみの混雑とか、芋を洗うような混雑とか、恐ろしい記述に何度も出会った。ただでさえ人混みは嫌いなのに、わざわざ休みに混んでいる所へ行くのか。アホだ。行く前から後悔したものの、パリから先は安いだけが取り柄の航空券なので、購入後はキャンセルできない。悲しい現実である。

後悔しているうちに休みになった。羽田からパリ、ウィーンと乗り換えて、ドブロブニクに着いた。空港を出ると日差しが強い。サングラスを持ってきてよかった。

ホテルに到着後、シャワーを浴びて、とりあえず町に出た。旧市街の周りを城壁が取り囲んでいる。城壁を見上げると、大して混んでいる様子はない。満員電車というよりも、鶴見あたりを走る午後の京浜東北線である。芋は洗わないのだろうか。城壁に登るなら今だ。

カメラを片手に城壁を歩いていると、いつの間にかサングラスをなくしてしまった。しかもオークリーのサングラスであり、後悔を禁じ得ない。

しかし、傘とサングラスはなくすようにできている。なくしたものは後悔しても遅い。諦めるしかない。

諦めて風景に目を向けると、サングラスというフィルターのない、原色のアドリア海があった。燦々と輝く太陽のもと、海が限りなく青く、青い海にオレンジの屋根が映えている。

将来に目を向けるよりも、過去を振り返る方が容易であり、故に人生には多くの後悔がある。始める前から後悔し、始めた後でも後悔するが、しかし、その先には美しいものがあった。

後悔の大半は無駄である。

すみだがわはなびのおもいで

東京の下町で最大のイベントというと、隅田川の花火ではないだろうか。そのせいで、数年に一度、7月末の土曜日に母親の友達が実家に大集合する。

昔はオバサンが集合している位の認識だったが、いまや僕がオッサンになってしまった。オッサンの幼児時代を知っているオババが集合するわけで、どうにも煩わしい。どうにか逃げ出そうと思った。

よくよく思い出すと、春にマカオ行きを挫折しており、8月までに使用しなければならないANAのマイルが残っている。これを使って、どこかに行こう。

飛行機に乗るのであれば、電車では行けないところに行くべきである。とは言うものの、花火の夜の脱出が目的であり、日帰りが望ましい。沖縄は遠すぎ、北海道か九州あたりが選択肢になる。

去年までの僕であれば余市蒸留所に行っていたと思うが、今年の僕は機関車男である。熊本にもSLが走っている。

調べたところ、朝一のANAではSLに間に合わない。当初の計画はANAのマイルを使うことだったが、朝はJALに乗らないといけない。JALにもマイルがあるので問題ないが、人生は一筋縄ではいかないということである。翼にしがみついてでも、帰りはANAに乗ろう。

いつもなら熟睡しているような時間に起き、ほぼ寝たまま羽田へ向かい、飛行機の中で熟睡し、寝ぼけたままバスで熊本駅へ。熊本駅に着くと、既にSLは入線していた。

出発後、車内販売のカウンターに焼酎と弁当を買いに行くが、弁当は売り切れていた。冷静に考えると、朝から一人で焼酎を飲んでるオッサンはヤバい。思い通りにいかない朝である。

やむをえず熊本地ビールのみ購入した。球磨川を眺めながらビールを飲んでいるが、どうにも腹が減っている。空腹でビールを飲んだせいで眠い。熊本から2時間半くらいの旅で人吉に着いた。

せっかく温泉のある街に来たが、日帰りなので宿泊はできない。このまま昼酒・昼寝がしたい。一筋縄でいかないのが人生である。
後ろ髪をひかれる思いで、帰りのSLに乗った。途中の駅で焼サバ寿司を買い、球磨川を眺めながら再び熊本地ビール。やや眠く、やや幸せな気分で熊本に着いた。

熊本駅で乗車前に朝食の弁当を買うこと、帰りの車中で焼酎ロックを飲むために保冷バックと氷を買うこと、人吉で温泉に泊まること。

この三点を次回の課題としつつ、ANAの最終便で羽田に戻った。

きかんしゃのおもいで

先日、磐越西線のSLに乗った。車窓を眺めながら酒を飲み、途中駅で停車中にSLの写真を撮る。いい旅だった。

ところで、SLに乗ると、SL走行中の写真を撮れないことに気付いた。槍ヶ岳に登ると、槍ヶ岳を絡めた朝焼けの写真を撮れないのと同じ原理である。

次回は走行中のSLの写真を撮りたいと思った。

とはいえ、SL乗車中にも心配したが、SLの運行でJRが利益を出しているか心もとない。収益のない商売が続かないのが資本主義社会の定めである。

SLに乗るとSL走行中の写真は撮れないが、SLに乗らないとJRの収入にはならない。

そんな二律背反を解決すべく、行きのSLを撮影し、帰りのSLに乗ることにした。ビジネス書に出てくるような、Win-Winなソリューションである。

ジレンマが解決すると、「次回」の定義の問題になる。最初は「秋くらい」と思っていたが、そのうち「梅雨があけたら」になり、さらには「次に晴れたら」となった。アイデアは可及的速やかに実行しなければならない。ビジネス書に出てくるような驚異的なスピード感である。

成功したビジネスマンなみの解決力、スピード感。学習能力のないダメリーマンだと思っていたが、僕にでも、やればできる。

梅雨の中休み、カメラだけ持って、朝の新幹線に乗って郡山経由で会津に出かけた。高校に行っていた頃は頻繁に山の写真と鉄道の写真を撮っていたが、かれこれ20年ぶりくらいの鉄道写真である。撮影後、酒蔵見学をし、そこで酒を買い込んでSLに乗った。

車窓を眺めながら酒を飲んでいると、こういう身軽な旅行がオッサンには必要だと思った。

ところが、帰宅してPCで写真をチェックすると、あまりのダメさ加減に衝撃を受けた。かなり腕がなまっていた。20年のブランクは大きい。

過信は禁物であり、計画性が必要である。そんな警句がビジネス書に書いてなかっただろうか。

倉庫の奥から三脚を取り出し、その後、毎日のように会津地方の天気予報をチェックしていた。スピード感というよりは、せっかちなオッサンなのである。

二週間後、再び梅雨の中休みが訪れ、再び朝の新幹線で会津に向かった。結局のところ、大した用事もないのに月に二度も電車で会津に行っている。Win-Winなビジネスディールも、一方的な負けに終わってしまった。

僕にビジネスのセンスはない。僕にはダメサラリーマンが良く似合う。