きかんしゃのおもいで

新潟から会津若松まで磐越西線のSLで約4時間の旅である。勾配の加減か、帰りは約3時間半なので、2日間の往復で約7時間半の乗車ということになる。7時間半も列車に乗っていたら、大抵は飽きて寝てしまうが、乗車することがメインなので、寝ている場合ではない。

車窓を眺め、弁当を食べ、酒を飲むのが有意義な過ごし方ということになる。新潟発着の列車なので、日本酒を飲むのが更に有意義な過ごし方ということになるだろう。有意義な一日を過ごすべく、朝からワンカップの地酒を買い、列車に乗り込んだ。

汽笛が鳴り、SLは定刻に動き出した。列車が動き出すと同時にワンカップをあける。旅の始まりである。

SLはガタゴトと加速がスムーズではないし、上り坂になるとスピードが落ちる。僕は朝酒を飲みながらボケっと座っているだけだが、SLは健気に走っている。

途中、何回か整備の為に停車したので、機関車を見に行った。SLの機関士と聞くと頑固親父しか思いつかないが、今時の機関士は優男の兄ちゃんたちである。機関士のほかにも、ヘルメットの兄ちゃんたちが油をさしたり、石炭の場所を移動したりしている。SLの運転というのは手間暇のかかることである。

SLの運転も大変そうだ。人力で石炭を投げ入れ、手動で火力を調整する。トンネルでも煙がモクモクと出ているのに、窓は閉まらない。クーラーもない。過酷な職場環境である。それにも関わらず、時刻表通りに定刻で走っている。

SLの維持費だけでも高額になりそうだが、SLの運転には多くの人が関わっている。合理化という現代化の過程で、蒸気機関車は電車に代わったのである。JRの運賃体系というのは、そんな合理化の産物であるはずだが、乗車券と指定券の売上でSL運転の人件費くらいは回収できているのだろうか。

兄ちゃんたちが頑張っているのに、僕は呑気に酒を飲んで、余計な心配しているだけである。こんなことでいいのか。兄ちゃんたちとJRに感謝しなければならない。せめて車内販売の売り上げに貢献しようと思い、車内の売店に追加の日本酒を買いに行った。

普段、京浜東北線に乗っているときは忘れがちであるが、列車が正しい時間に目的地に着くという事は大変な事なのである。感謝しなければならない。京浜東北線にも車内の売店があって日本酒を売っていれば、その時は感謝の気持ちで売り上げに貢献しようと思った。もっとも、蒲田で整備の為に15分止まると聞いたら、あまり感謝の念は抱けないかもしれない。

現代の都会生活というのは世知辛いものである。

あいづのおもいで

2月末にマウイから戻った後、しばらく弱っていた。マウイロスである。不調のため、3月末の無料航空券マカオ行きを断念したものの、4月になっても芳しくない。気分転換をしようと思った。

日本人ダメオッサンの気分転換というと、なんとなく温泉に行くことになる。ここ数年は秋田の山奥にある温泉が気に入っているが、知り合いのオッサンに声をかけると、秩父あたりで妥協しようという話になった。秩父鉄道のSLに乗って、長瀞の川下りである。

しかし秩父で気分転換になるのだろうか。

長瀞の川下りといえば聞こえはいいが、実際のところ荒川である。東京東部で育ったので、荒川と聞いてしまうと日常感から脱却できない。荒川といえば、夕日の河川敷を走る東武電車である。地味な下町に、ボロい電車。たまに武田鉄矢。

結局のところ、秩父というのは荒川の上流であり、気分転換というには近すぎる。いまいち決め手に欠くまま、なんとなく話はなくなった。

荒川と共に川下りに対する情熱は失われたが、SLに対する情熱は残った。SLには小学校の頃に静岡で乗ったきりである。SLに乗って温泉に行こう。

調べてみると、新潟から会津若松までSLが走っていた。阿賀野川沿いである。荒川より良いのではないだろうか。この列車は運転区間が長く、グリーン車もついている。日本酒を片手にウダウダとSLに乗っているのがいい。

そういえば知り合いが毎年のように会津の温泉に行っているのであった。SLのチケットさえ取れれば、あれこれ悩む必要はない。
すぐにでも行きたい気分だったが、SLのグリーン券が取りづらく、しかもゴールデンウィークが立ちはだかっていた。

弱りながらもゴールデンウィークは職場で過ごし、5月中旬に新潟経由で会津に旅立った。

まかお

写真: 記憶の片隅にあるマカオ (イメージ)

昨年11月に有効期限をむかえたANAのマイルがあった。特に何をしたいというのはないが、しかしマイルを使わなくてはいけないので、なんとなく今年5月の香港往復チケットを取った。たいしてマイルがないので、東南アジアへ行くには不足で、韓国・中国あたりまでしか行けない。ソウルでも北京でも台北でも良かったのだが、なんとなく香港である。フライトも多いし。香港で過ごすもよし、フェリーでマカオに行くという手もあるし、電車で広州に行くこともできる。タダなのである。自由に過ごせばいい。

しばらく考えた末、マカオに行こうと思った。マカオには数年前に一日だけ行ったことがある。ローカルな市場、ボロいドッグレース場、そしてレトロな飲茶屋。香港と比べると、かなり地味ではあるものの、いい雰囲気の町である。ような記憶がある。

年末年始の休み中、あれやこれや考えていると、5月のマカオは雨季との事である。せっかく日本が梅雨入り前の気候が良い時期なのに、何故、敢えて雨季の場所に行くのか。よくよく考えると数年前のマカオも5月だった。日中はムシ暑かったし、夜は雨の中をタクシーを求めて彷徨い歩いたのだった。苦い思い出は忘れやすい。

調べてみると、どうも3月までが乾季ということらしい。ならば乾季のうちに行こうと思った。特典航空券だけに、土日に空いているフライトは見つけにくいが、3月最後の週末、日曜深夜に香港を出て、月曜朝に羽田に着くフライトに空席を見つけた。タダであるから妥協が肝心である。

そうこうしていると、2月末に常夏の島ハワイに出かけた。極寒の日本に帰ってくると、気温差と花粉症で弱ってしまっていた。時差ボケにもなった。その3週間後にマカオは厳しい。深夜便での帰国はさらに厳しい。タダのものをキャンセルしてもタダなので、悩んでいるうちに面倒くさくなってキャンセルしてしまった。税金相当額は戻ってくるし、ホテル代を払わなくて済む。

無料航空券で行くマカオも、普通の航空券で行くマカオも、同じ飛行機であり、同じマカオである。しかし無料航空券のマカオはあっさりとキャンセルしてしまった。判断の根源にあるものは、タダだからいいというよりも、タダだからどうでもいいという価値観である。タダより安いものはないはずであるが、タダのものには価値を見出しにくい。

結局のところ、僕の価値観はカネに縛られている。醜いオッサンである。