まういのおもいで

ハワイといえば、結婚式をするか、ビーチでグダグダする場所の様に思えるが、ハワイ島のマウナ・ケア山など、山も充実している。

マウイ島にはハレアカラ山があり、山頂手前の標高3000メートルくらいまで車で行ける。この山から見るサンライズ、サンセットがいいらしい。夕方はビーチを見ながらビールを飲む必要があるので、サンライズを見に行くことにした。

到着した翌日、朝3時半に起きてシャワーを浴び、コーヒーを飲んで出発。2時間くらい運転すると、6時くらいに山頂に着いた。常夏の島であっても、日の出前の標高3000メートルはダウンを着ても寒い。ブラブラと山頂付近を散歩したのち、再び2時間ほど運転して戻る。途中でスーパーに立ち寄ったりして、ホテルに戻ったのは10時くらいだった。到着して1日も経っていないのに、なかなか過酷なスケジュールである。太陽きらめくビーチを眺めながら、買ってきたブランチをビールで流し込む。それにしても下界は暑い。

それなりに感動的なサンライズであったものの、ハレアカラからはハレアカラが見えないせいか、やや物足りない。

有名な山から見るサンライズは感動的であるが、絵的には物足りない。

僕はこの真理に高校時代に到達していた。文句なく晴れた日に槍ヶ岳に登ったが、サンライズとしてはイマイチだったのである。槍ヶ岳からは槍ヶ岳が見えないからである。槍ヶ岳を絡めて素晴らしいサンライズを見るには、岐阜県側に行く必要があったのだ。

そうはいってもハレアカラはハレアカラであり、そこに写真に残すべきサンライズがある限り、僕は登り続ける。大して歩かずに済む限りは。

翌日もハレアカラに行った。使ってこそのレンタカー。入山料が72時間有効だったせいでもある。サンダルと短パンを忘れたので、常夏のビーチでどう過ごすべきか分からないせいでもある。再び朝3時半に起きて・・・再びホテルに10時に戻ってきた。この日は山頂手前の展望台でサンライズを見た。

マウイの朝は過酷で少々感動的である。

毎朝3000メートル級の山にサンライズを見に行く。ハワイというよりも、スイスの様な過ごし方である。しかし、ハワイであるが故に、ブランチはベランダでグダグダと海を見ながら、ビールとシーフードサラダである。

こうしてみると、ハワイは奥が深い。山もあり、ビーチもある。ビールもうまい。常夏の島ゆえにビーチは冬なのに暑く、エアコンなしだと天国とは言えないかもしれないが、うまくすれば天国の手前くらいまでは行きつける可能性がある。

天国まで行くのは、天国に行かざるをえなくなってからでも遅くない。

はわいのおもいで

ある日、ドクターしんコロから結婚する連絡がきた。

僕が彼の債権者であるわけではなく、彼が僕の債権者であるわけでもなく、あまり知らされても大して意味がないのだが。たぶん、社会通念上、連絡してくれたのではないかと思う。めでたいことである。OMG、と返した。僕は性格的に捻くれているのである。

その後、結婚式をするので来ないかと連絡がきた。

僕が彼の債権者であるわけではなく、彼が僕の債権者であるわけでもなく、あまり知らされても大して意味がないのだが。たぶん、社会通念上、連絡してくれたのではないかと思う。場所はハワイだそうである。OMG、と返した。僕はオブラートに包むことを知らない性格である。

なぜ人は連絡するのか。一義的にはモノゴトを伝える必要があるからだが (例: 今月の電気代は9720円です)、連絡の結果として行動を期待されており (例: 電気代は来月10日までにお支払いください)、然るべき行動を取る必要がある (例: お支払いない場合は電気を止めます)。

僕の場合も、連絡を受けた以上、連絡の結果として行動を期待されており、然るべき行動を取る必要がある。

ところで、ハワイに行ったことはない。ハワイといえばホノルルだが、ホノルルがハワイ島にはないことは知っている。それ以上の知識はない。

翻って、然るべき行動とは何であろうか。あちらこちら不必要な旅に出ており、今更、「行ったことがない」もしくは「大した知識がない」という理由でハワイに行かないというのは論理的に成立しない。

なにか論理的に成立するシナリオがあるだろうか。「カナダと相容れないから」というのは悪くないアイデアだと思ったものの、地図を見るとハワイの方が手前にある。

堂々巡りの論理的思索のかたわら、ちょっと調べてみると、金曜日に会社の後で羽田空港からホノルル行きの深夜便に乗ると、現地時間で金曜の昼にはホノルルに着くらしい。同じ週末で金曜の夜が2回。素晴らしい。

ハワイといえばアロハな感じである。派手なシャツを着て、午後の早い時間から海を眺めながらビールを飲んでいれば、なんとなく一日が終わる。

ハワイが天国に思えた。

僕の左脳が論理的思索をしている間、僕の右脳は航空券を予約していた。結局のところ、人間とは動物であり、天国のような誘惑には弱い。

そして、2月末の金曜日、ハワイに向かった。

金曜午後のハワイは快晴だった。日差しは強く、気温も高い。誰かが常夏の島と言っていたが、確かに体感気温は真夏のようである。にも関わらず、宿泊したコンドミニアムにはクーラーがなかった。2月の東京といえば極寒と相場が決まっており、着いた日の夜には夏のような天候のせいで弱り始めていた。昨夏のハバナのホテルが頭をよぎる。

結局のところ、天国のような場所などない。パスカルは「人間は自然のうちで最も弱い葦の一茎にすぎない、だがそれは考える葦である」と言っていた。人間であるが故に、左脳の働きがある。右脳に突き動かされてはならない。

人生の厳しさを思い知ったハワイの夕刻である。

にゅーよーくのおもいで

写真: エグゼクティブの街New York、空の旅 (イメージ)

キューバの帰りにニューヨークに立ち寄った。八百屋でキューリを買った帰り、ふらりと銭湯へ入浴に立ち寄る塩梅である。

入浴の後で東京に帰ってくるとなると、午後にNYを出て、翌日の夕方〜夜に東京に着く直行便が簡単な選択肢ということになる。時間的に一番遅いのがANAで18時発。これだと15時くらいにマンハッタンを出れば何とかなりそうである。

しかし僕のNY滞在はエグゼクティブなみに短い。金曜日の夕方にNYに着き、その翌日には帰らなくてはいけない。世の中にはNYに1泊もすれば、3つくらい企業を買収した上に、クールなパーティーでウハウハできるタフな人もいるのだろう。しかし、僕の場合、正味24時間のNY滞在で、夕食、飲酒の後、シャツやら靴やら地下鉄路線図の柄のコースターやらの買い物を3件もこなすほど、タフではない。

タフではなくても、エグゼクティブならプライベートジェットをチャーターということになるのだろうが、たぶん高くつくのだろうし、どうやって予約すればいいのかも分からない。結局のところ、僕はタフでもエグゼクティブでもない凡人なのである。

困った時は深夜便である。

NYを土曜日の21時に出発するアメリカン航空のサンフランシスコ行きに乗ると、サンフランシスコに日曜日の午前0時半に着く。それから日曜日午前2時サンフランシスコ発のJALに乗ると、月曜日午前4時半に羽田に着く。そして9時には余裕で会社に着ける。

神が書いたような筋書きではあるが、たぶん凡人には過酷な苦行である。神は神だからという理由で苦行を修行として行っていてもおかしくないし、神は神だからという理由でファーストクラスに乗っていてもおかしくない。どちらにしても凡人には理解できない領域でニューヨークからの深夜便で東京に向かっているはずである。

大陸横断の後に太平洋横断。深夜便ゆえに窓の外は真っ暗であり、深夜ゆえにサンフランシスコ空港の乗り継ぎも寂しい。無為な時間、そもそも神は神なのだから、プライベートジェットを持っているのではないか。そんな神学的命題について考えた。