2012/09/01 けんちく

バルセロナの町には妙な建物が多い。建築には興味がないので、ガウディだろうと大林組だろうと大差は感じないけれど。

バルセロナ滞在中にはサグラダファミリアに行ったが、これが僕の行った唯一のガウディ建築物である。と思う。あまり気にしていないので、定かではない。

が、しかし、興味がないとは言いつつ、実は二度も入場した。二つある塔に両方とものぼりたかったのだ (のぼれる塔は一日一つだけだと思う。二つの塔を一日でのぼった人の話は聞かないから。ただし、そういう物好きがいないせいかもしれない)。夜景も見に行ったので、サグラダファミリアには結果的に3回も行っている。

サグラダファミリア以外には、バルセロナ音楽堂を見に行った。ここはガウディのライバルである (とテレビで言っていた) ドメネクの作品である。建築には興味がないので、ドメネクと鹿島建設に大きな差は感じられない。

バルセロナ音楽堂にも実は二度も入場した。ツアーの予約をした後で、音楽堂だから音楽を聴きに行けばいいことに気付いたのだ。

僕が唯一興味のあった建築物はモンセラットである。モンセラットは奇岩の中腹にある修道院で、黒いマリア像のある教会がある。スペイン統治に対するカタルーニャの伝統・独自性という意味では象徴的な場所らしい。

建築好きなら意味のあるブログを3タイトルくらい書ける筈だが、僕には無理のようだ。あきらめて市場で生ハムを買ってきて、ホテルの部屋からバルセロナ大聖堂を見ながら一杯やろう。

2012/07/22 ばるせろなのおもいで

去年は重大な発見があった。香港における飲茶である。これについては以前に書いているので略すが、朝の時間を新聞とお茶と点心でノンビリ過ごすオッサン達の姿に感動したのだ。日本に飲茶の店は多くあれど、日本の飲茶店は点心を食べるだけの店になっている。ビールが出てくるのは進化と言ってもいいのだが、日本の飲茶店で、茶を飲みながら新聞をひたすら読み、その合間に他の常連客と話したり、思い出したように点心を食べるような独特な時間を過ごせる店は多くあるまい。

飲茶に続く未知の飲食空間を考えると、スペインのバルがある。日本にもスペイン料理店、特にスペイン・バルと称している店は多いが、本場のバルとはどんなもんなのか。これを確かめずにはいられない。ついでにバルは午前中からやっており、バル (bar) であるが故に朝から酒も出てくる。こういうのを一石二鳥というのか、毒を食らわば皿までというのか、今年の夏はスペインへ旅立つことにした。

スペインといえば治安の悪さである。なかでもマドリッドとバルセロナの悪評は、南アフリカのヨハネスブルクとケープタウンの比較のようである。マドリッドとバルセロナだと、バルセロナの方が比較的安全そうだ。バルセロナには首絞め強盗とか出ないらしいので (とはいうものの、夜のサグラダファミリアを見に行ったときに、芝居の下手な偽警官コンビには遭遇した)。

深夜に羽田を出るJALのパリ行きに乗ると、あれやこれやで11時頃にバルセロナに着いた。ホテルに荷物を預け、地下鉄の駅へ行った。とりあえず回数券を購入しよう。スリがいるかもしれないので周囲の人に財布を見られないようにと本には書いてあったが、財布を出さないと切符が買えない。地下鉄に乗るためには財布を出さなくてはならず、地下鉄に乗るとスリにあう確率が高くなる。それなら地下鉄に乗らなければいい。

しかし、そうするとホテルから出られなくなってしまう。意を決して財布を取り出して回数券を買い、街を歩くことにした。

バルセロナ続編はこちら

2012/05/07 きゅうしがい

風情のある旧市街といわれると、石畳の路地であるとか、カフェのある小さな広場とかをイメージする。古い町並みをブラブラ歩くと心地よい。

旅行前、団体ツアーのパンフレットをペラペラと読んでいたら、ハノイには風情のある旧市街があると書いてあった。ベトナム戦争の痕跡とか、ホーチミンの霊廟とかには興味がないので、旧市街にあるホテルを拠点に歩くことにした。

21時頃にホテルに着いた。さすがに旧市街だけあって道は狭い。

その狭い道をバイクが駆け抜けている。クラクションをビービー鳴らしながら、無数に走っている。車は一方通行だが、バイクは関係ないようである。

荷物を置き、ビアホイと呼ばれる居酒屋に出かけた。かなり交通量のある交差点にも信号はない。右から左からバイクが突っ込んでくる。友人に「死ぬ気で道を渡れ」と言われたことを思い出した。混沌の中を前進あるのみ。

なんとか道を渡り、わりと広い道に出た。車道を歩くのは危険極まりないので、歩道を歩こうとしたが、歩道はバイクの駐輪スペース兼屋台の営業スペースとなっていた。車道を歩くしかない。なんとかビアホイにたどりついたが、しかし帰りのことを考えると酔うわけにもいかず、落ち着かない。

死ぬ気で道を渡るのは疲れるし、実際に死にそうになると更に疲れる。挙句に5月上旬なのに35度もあって暑く、空気も悪い。街をブラブラ歩くつもりだったが、おちおち出歩けない。それでも死なないだけましだ。

石畳の路地こそないが、町並みは古い。文字通り旧市街である。振り分けの荷物を担いで歩く行商人もいたりして、たしかに風情はある。しかし「風情のある旧市街」といわれると、なんか違う。「風情」からくるイメージと、現実の「混沌」とが相容れないのだ。それに、バイクにひかれずに歩くのに精一杯で、風情を感じる余裕はあまりない。

世の中、イメージと相容れない現実は多い。物事には過剰な期待を持たないようにしようと思う。安易な妄想を捨て、厳しい現実に向き合おう。

しかし僕から妄想を取ってしまったら残るものが少ない。これも現実である。

これからは現実を直視しないで生きていこうと思う。ハノイに風情のある旧市街があるのなら、現実に向かい合いつつ直視しないことも可能なはずだ。目はそらすためにあるのだから。

2012/05/07 はのいのおもいで

今回は往復ともに香港経由で行ったのだが、僕には香港航空も香港ドラゴン航空も同じように見える。ついつい乗り継ぎゲートを間違えてしまった。なんせ10分差でハノイ行きが出るのだ。

空港内で十分に中華を楽しんでから搭乗締め切り直前に香港航空のゲートに行くと、おねいさんが怪訝な顔をするのである。列から外され、Oh…なんていわれて別のゲートを教えてもらった。巨大な香港空港でゲートの間違えはシャレにならない。一瞬、目の前が真っ暗になった。

「急ぐのよー」なんて言われながら、とりあえず走る。走りながらも、これで乗れなかったら香港で二泊くらいして帰るのもいいかなと思った。頭の中を点心とスターフェリーがよぎる。マンダリンホテル3階のバーもいいな。

ゲートに着くと、別のおねいさんが僕を探していた。見つかってしまった。Hurry-upと言われる。これで点心もバーも無理だ。走りながら搭乗券を出せと言われ、立ち止まって出そうとしていると荷物を持って走ってくれた。

そこまでしたものの、別のフライトが遅れ30分ほど待たされた。最後のダッシュは要らなかったんじゃないだろうか。

約30分遅れでハノイに着いた。夜だからか、地味な空港である。地味というより、死んだように静かで暗い。もしかするとハノイ自体が地味で静かなのかもしれない、そう思った。

ハノイ市街に着いて分かったが、完全な誤解だった。混沌とした喧騒の街である。やっぱり香港で乗り遅れればよかった。

2012/03/13 ほんこん

飽きもせず香港に行ってきた。観光には興味はないし (スターフェリーと路面電車に乗れれば満足である)、ショッピングにも大して興味はない (買いたいものはスーツケースと靴くらいだが、どちらも置き場がない)。メインは飲食だ。朝は早起きして飲茶へ行き、夜は夜でレストランに行っていた。そして余った時間でバーに行く。

飲茶は朝が早い。去年いってみた、地元オッサンの憩いの地のような飲茶店は、今回も朝7時半には満席だった。早起きをして飲茶店に行き、オッサンに交じって新聞を読み、お茶を飲み、ちょっとずつ食べる。素晴らしい時間である。

一方、夜の食事には心が引かれないことが判明した。夜に食べ過ぎると、翌朝の飲茶に支障をきたす。ついつい高級食材に目が行くから高くつく。冷める前に食べようとするせいもあるのだろうが、作るペースで配膳されることが多くて落ち着かない。中華とワインはあわないように思えるし、中国酒は苦手だ。ビールばかり飲んでいると、食べる前に満腹になってしまう。

しっかりした食事に行くと思うと食前のバーでは自重せざるをえないし、翌朝の飲茶を考えると食後のバーでも自重しなくてはいけない。全くバーに行けないわけではないが、心おきなく飲めるわけではない。

今回見えてきたのは飲食、つまり食事と酒のバランスの最適化の必要性といえる。今後は夜の食事を簡略化して、夕方からバーに行き、早めに寝て、万全の態勢で早朝の飲茶に行こうと思う。香港における飲食の持続可能な最適配置である。

人生の諸問題に万全な対処をしようと思うことは極めて少ないが、このような例外もある。残念ながら例外は例外であって日常ではない。