
Ak-Saray Palace

Dor-us Siyodat

Dor-us Siyodat

Dor-ut Tilovat Ensemble
昨年9月、ついにウズベキスタンのサマルカンドへ行った。その時、サマルカンド近郊にあるシャフリサブスという歴史的な街が気になったものの、一人旅の自由旅行とは言え、日程的な制約があった。
次回ウズベキスタンに行く機会があるか不明だったので、サマルカンドを満喫するか、予定を詰め込んででもシャフリサブスに行くべきか悩ましかった。儒教の書物に、物事の順序として「高きに登るは必ず低きよりす」とあるものの、あえて何かに登るべきか定かではなかったのだ。
サマルカンド滞在中すらも登るべきか否かを考えていたが、写真撮影がメインの旅だったので、結局、じっくりとサマルカンドを見る事を優先した。シャフリサブスについては限られた情報しかなく、何があるか分からない高きに登る前に、まずは低き足元を固めるべきだと思ったのだ。
まったくの想定外だったが、結果的に2年連続でウズベキスタンへ行く事になった。妻は初めてのウズベキスタン旅行なので、随一の観光地であるサマルカンドを外すわけにはいかない。ただしサマルカンドで見るべき場所は把握しているので、昨年のように余裕をもった日程を取る必要はない。そろそろ高きに登る頃合いだろう。今年こそシャフリサブスに行く事にした。
改めてネットなどで調べてみたが、シャフリサブスへの行き方に関する情報は少ない。現地でグループツアーを探すのが簡単なのだろうが、写真撮影をメインに考えると行動の自由が欲しいし、そもそも僕はガイド付きの集団行動が苦手である。他には地元の乗り合いバンを利用してシャフリサブスへ行く方法もあるらしいが、かなり混みそうだし、乗り場までの移動が面倒くさく、時間も無駄になる。
高きに登れる安易な方法はないだろうか。
ウズベキスタンは天然ガス産出国で、車も安価なメタンガスを燃料としている。ゆえにボッタクリさえなければ、タクシーは安い。もっとも僕が価格交渉力を発揮できるのは会社だけであり、街で料金交渉するのは、それこそ時間の無駄だろう。そこでホテルにタクシーの手配を依頼する事にした。いずれにしても2人で行けば費用的には負担が少ない筈である。
会社での経費管理は単価を指標としているので、2人で行けば費用的に半額だと感じてしまう。しかし家計という観点からすると、結局のところタクシー代としての負担は同じだった。それに気付くこともなく、ホテルから見積もりをもらった。
ウズベキスタンには旧ソ連文化が残っているせいか、白タクが横行している。駐車場などで自家用車にタクシーの行灯を取り付けているオッサンを何回も見たので、そもそも許認可制度すらない可能性もある。いずれにしても配車アプリ以外は交渉制で、相場はあっても定価はない。ここに至って、やっとタクシー代のマジックに気付いたが、往復運賃に待機料金を考えると妥当そうな金額であると思う事にした。見積りを依頼した時点で前のめりになっており、既に高きに登る一歩を踏み出しているのと同じである。これが街で価格交渉力がない所以だろう。
当日やってきたドライバーは、想定通りホテル関係者の知人と思われるオッサンだった。僕がホテルの人に現金を渡し、そこから彼に現金が渡る仕組みである。その間に数枚の紙幣が抜き取られている筈だ。それが外国人料金相場と現地人料金相場の差額だろう。そこは手配料と考えるしかない。
サマルカンドとシャフリサブスの間にはタフタカラチャ峠がある。かなりの峠道を越える途中、タジキスタンとの国境であるザラフシャン山脈を見られるらしいので、快晴の日を選んだ。途中のビュースポットで止まってもらったところ、遠くの山には雪が見えた。タシケント行きの飛行機からも天山山脈の雄大な雪景色が見られたが、これらは5月に来たメリットだろう。
しかしシャフリサブスに着くと、そんなメリットを忘れるような暑さと日射しだった。シャフリサブス歴史地区内は過剰に開発されており、世界遺産の危機遺産に指定されてしまっている。そのせいで周囲の街並みとは人工的に隔離されており、地区内には飲食店が少なくて休憩どころではない。以前にベトナムのフエ王宮で酷暑に負けたのを思い出した。
危機遺産ではあるが、過剰に開発されているのは歴史地区内のインフラであり、遺跡など建築物自体の修復は適度で風情があった。シャフリサブスはサマルカンドより観光客が圧倒的に少なく、写真撮影もしやすかった。
とはいえ、観光客の少なさは見所の少なさ故でもあり、ほぼ公園と化してしまっている歴史地区もあいまって、昨年であれば半日を無駄にしたと思った可能性もある。しかしザラフシャン山脈の雪景色と併せ、今年の僕には満足の行く小旅行だった。
低き足元を固めてから、高きに登った甲斐があったのだろう。